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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第六章  12  ーー  二度目の決別  ーー

 二百六十一話目。

    またなの…… アネモネ……。

           10



 ハッカイに呼ばれたのは、事件の次の日のこと。

 昨日の出来事を疑うように、空は澄み渡っていた日である。

 屈託のない、澄み切った青空と違い、混乱だけが残る、後味の悪い戦いだったと思える。


 誰かを傷つけない。


 旅を始めたころに決めていた覚悟が脆く崩れたショックで手の震えがしばらく続いたのも影響していたけれど、最大の不安はやはりリナ。

 アネモネが消えた後、すぐにリナは意識を失って倒れてしまった。


 割り込む隙はなかった。


 二人の会話を聞いているだけでも、それは特別であるのは伝わってきた。


 ……二度目の決別…… キツいよな、やっは。

 かける言葉が見つからない自分が情けない。


「リナリアの様子はどうだ?」


 曇った口調のハッカイに僕は俯くだけで、そばにあった椅子に座り、額を押さえた。


「まだ寝てる。さすがにキツいだろうな。あれだけ拒絶されたんだ。しかも、二回目だし」

「二回目? そうなのか。まぁ、あの姉妹の仲は窃盗事件が起きる前から知っていたので、私も驚きではあるがな」

 

 頷くしかない。

 結局、これではミサゴの企みを確かめることすら叶わなかったので、僕らの目的は満たされていないのだから。


「それで、お前たちはこれからどうするつもりだ?」


 今後のことを考えていると、ハッカイが聞いてくる。


「わからないかな、今は。しばらくはここにいるつもりだけど」

「そうか。それなら、私も助かるのだがな」


 気になることはあるし、もちろんエリカも捜したい。

 けれど、行き詰まっているのは事実であり、動くことができない。

 リナのこともあるから。


「ならば、私から一つ確認したいことがあるのだが、いいか?」


 途方に暮れて頭を抱えていた手が止まる。


「ヒヤマさんのこと?」


 幻が現れたときのハッカイの狼狽からして、思い当たるものはなく、口走ってしまう。

 ハッカイは息を呑み込むと、深く頷いた。


「お前はナルスでヒヤマさんに会ったと言っていたな。それは本当か? 疑ってはいない。事実を知りたいんだ」

「ーー本当よ」


 素直に話すべきか、逡巡していると、ノックもなく乱暴に開けられた扉から、勢いよく声が飛んできた。


 リナである。

 

「旅の途中、立ち寄ったナルスで、ヒヤマさんに会ったのよ」


 悠然と入ってきたリナは、何事もなかったように壁に凭れ、話した。


「リナ、もう大丈夫なのか?」

「ったく。何、勝手に話を進めようとしてんのよ。勝手なことするなら殴るわよ」


 顔の前で拳を握り、警告される。

 眉間を険しくする姿に、肩をすぼめてしまう。

 冗談でも言えば、殴られそうだ。本当に。

 でも、万全ではないのか、疲れているようだ。

 最近はずっとメガネをかけていたのに、今はしておらず、三つ編みにしていた前髪も、束ねていない。

 当然か。

 あれだけのことがあったんだ。疲れていても。


「旅の途中? お前たちは何を目的に旅をしているんだ?」

「仲間を捜しているだけよ。別にいいでしょ、私たちのことは」


 素っ気なく受け答えするリナに、ハッカイは交互に顔を見比べ、


「仲間。アネモネのことか。そういえば、もう一人女の子がいたな。そうか…… まぁ、深くは聞かずにおこう」


 多少の疑問は残っているのだろうけれど、噛み殺してくれたみたく、安堵した。


「では話を戻そう。ヒヤマさんのことだがな。私も会ったことがあるのだ」

「そりゃ、ナルスに行けばいるんだーー」


 当然のこと、と呆れるリナをハッカイは制し、


「私が会ったのは、もう四十年から昔の話だ。まだ子供だったころ、私とヒダカ。それにツルギの三人はナルディア、今のナルスで世話になった人なのだ。さっき見たのは少し若い姿に見えたが、当時すでにヒヤマさんは今の私と歳は変わらなかったはずだ。それを考えると、今はかなり、いや、考えたくはないがもう……」

「そんなことない」


 俯き不安をもらすハッカイに、つい割り込んでしまう。


「ヒヤマさんはあんたと大して変わらなかったぞ。目が悪そうで、杖を使っていたけれど」

「なんだとっ? いや、それはないはずだぞ」


 驚愕するハッカイ。

 僕はリナと一度顔を見合わせてから、間違いない、と強く頷いた。

 するとハッカイは頭を抱えてしまう。


「どういうことだ? ヒヤマさんは一体……」


 追い詰められたハッカイの声が部屋に重く広がる。


 ……歳を取らない?


 そしてアネモネ、アイナが関係しているのか?

 あのとき、アネモネが言っていたのは確か…… レイナ?


「なぁ、あの幻で見た、女の人に身に覚えとかあるのか?」

「ーーん? いや、女はまったく知らない人物だ」

「そう、なんだ」


 だったら……。


「……ナルスに行ってみるか」


 気がかりになることは一つずつ潰していくか、とリナに振り返ると、リナはキョトンとしている。


「ダメかな?」

「まぁ、今は行くところがないしいいけど、でも、ここはどうなるの?」


 彷徨っていた視線が、最終的にハッカイへと注がれる。

 ハッカイは腕を組んでうなだれる。

 しばらく思案した後、頭を掻いた。


「まぁ、ここはしばらくは問題ないだろう。恐らく、昨日の襲撃が連中にとっても本陣。これから襲撃があっても、残党によるものだろうから」

「ーー本当に?」

「断言はできんがな。だが、この数日、すでにアカギ隊長がベクルに着き、それが相手に伝われば、それも牽制になるかもしれんしな」


 そうか。それならば安心なんだけど。


「あんたはそれでいいの?」


 これで、行き先が決まろうとしていたとき、おもむろにリナはハッカイに問う。


「……ヒヤマさんのことだな。ま、気にならない、と言えば嘘になるな。今すぐナルスに行きたいのだが、そういうわけにもいかん」

「そう。わかったわ。でも、あまり期待しないでね。ヒヤマさんのことは私らだって意味がわからないから」

「あぁ。わかってる」


 思うところはもちろんある。

 ハッカイにしろ、自分で確かめなければ、完全には納得しないだろう。

 彼の立場が躊躇させているのだろう。

 唇を噛み、難しい表情を崩さないのが物語っている。

 だからこそ、行かなければいけない。


「……わかった」


 としか、言えなかった。





 実際、町を出たのはそれから二日後。

 まだ町が襲われる懸念があったのと、リナの体調のことを考え、時間を要することにした。

 もちろん、リナは釈然とはしていなかったけれど。

 リナ、大丈夫なのか……。

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