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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき
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 第三章  2 ーー 喝采 ーー

 二十六話目。

 悪くないよね、こういうのも。

            2



 何が起きたのかすぐに理解できなかった。

 困惑してアネモネと目を合わせてしまう。アネモネはキョトンとメガネのフレームを触っている。


 イエェェェッ


 またである。

 店に起きたのは歓声であった。

 各々が席で酒を楽しんでいた男たちが急に盛り上がり、歓声を上げていた。

 不思議な歓声に包まれる。

 手を叩いたり、指笛を吹いて騒いでいる者もいる。

 その喝采を送られているのは…… 私?


「スカッとしたよ、姉ちゃん」

「よくやったっ」


 やっぱり、私? なんで?


「ねぇ、どういうことなの?」


 無条件に喝采を浴びても気恥ずかしくて、背中が痒くなる。たまらず振り返り、カウンターにいる店主に聞いてみた。

 店主はカウンター越しに、嬉しそうに笑っていた。


「あいつらは町でも有名なボンクラだったんだよ。誰かれお構いなしに文句を言っては、問題を起こしていてね。みんな手がつけられなくて、手を焼いていたんだよ。だから、スッキリしたんだ」


 よく見ると、店主は坊主頭の強面。さっきの奴らを恫喝していても変じゃない豪快な顔をしていたけれど、笑う顔はあどけなかった。

 意外で戸惑ってしまう。

 これまで何度バカな男を殴ってきたか。

 女のくせに怪力だとバカにされていたからだ。

 けれども今は背中が痒くなり、三つ編みを執拗に触ってしまった。


「よかったじゃん、リナ」


 そこにアネモネまで茶化してくるから、より気恥ずかしくなってくる。

 でも、ふと手が止まる。


「あ、でもすいません。余計なことしちゃいましたよね」

「ーーん? なんで?」

「だって、それだけ質が悪いんだったら、屈辱的なところを見られたって、腹いせ、とか」


 店主の顔を見たあと、店内を見た。

 みんなまだ歓喜に満ちている。最悪なことを想定したとき、申しわけなくなってしまう。


「いい、いい。気にすることないよ、姉ちゃん」

「そう、そう。逆にあいつらの弱みを握ってやったんだ。笑いの種になって、少しは大人しくなるだろうよ」


 余計なことをした、と責められるのを覚悟して、身構えていたけれど、客は依然として喝采を送ってくれ、酒のグラスを掲げて騒いでいた。

 呆気に取られてしまう。

 ガサツで身勝手な印象は完全に拭えていない。

 けれど、この歓喜に満ちた酒場は嫌いじゃなかった。



 騒ぎが次第に落ち着き、イスに座ってくつろいでいた。


「それにしても、姉ちゃんたち、見ない顔だね。旅人か何かかい?」


 グラスを拭きながら聞いてくる店主。顔は怖いのに、温厚な声。どうもまだ慣れない。


「ま、そういうところかな」

「行き先は決まっているのかい? 急ぐ必要がないなら、ゆっくりしていきな。宿屋の親父には、俺から声をかけておくし。さっきのお礼にな」


 気前のよさにアネモネと顔を見合わせた。

 二人して頬が綻ぶ。

 宿屋でゆっくりできるのは嬉しい。

 でも、すぐに表情を強張らせた。


「ねぇ、この辺りで“忘街傷”ってない?」

「“忘街傷”?」

 ま、これがずっと続けばいいけどね。

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