第四部 第六章 7 ーー 残る理由 ーー
二百五十六話目。
これから私たちはどうするべきか。
7
その後、ハッカイの説得もあって、町に数名の兵を残してアカギはベクルへと戻ることになった。
「あんたは戻らなくてよかったの?」
「あぁ。ベクルに必要なのは隊長やアオバといった若い兵だ。私のような老兵は後ろで支えるべきなんだ。ヒダカもそんな考えだからこそ、アカギ隊長を呼んだのだろうからな」
宿屋に戻り、アカギに代わって兵の統率を執っていたハッカイにリナは聞いた。
椅子に凭れたハッカイは苦笑する。
それまでずっと眉間にシワを寄せて難しい顔をしていたので、多少戸惑ってしまった。
「なんか、先生と何かあるみたいだけど、付き合いは長いの?」
「まぁ、腐れ縁ってやつだな。あいつとは」
「だったら、あんたが一番先生を助けたいんじゃないの?」
リナの素朴な疑問にハッカイは頷き、
「さっきも言ったろ。私はツルギのようにカリスマ性もなければ、ヒダカのように博識でもない。私は表に立つより、裏で動く方が性に合っているんだよ」
自虐的に自分の立場を捉え、苦笑した。
「で、お前たちはどうしたんだ? 隊長を呼びに来るのが目的なら、もう済んだのではないのか?」
「何? 私らは用済み?」
嫌味っぽくリナが言うと、ハッカイは「ハハハッ」と豪快に笑った。
アカギらがいるときとはまったく違い、唖然となった。
「違う、違う。逆だよ。感謝しているんだ。わざわざ来てくれたことにな。だから聞いているんだよ。この先どうするのかと思ってな」
苦笑しながら問われ、一度リナと顔を見合わせた。
本来の目的はもう一つある。
ハクガン、もしくはアネモネをここで待つため。
とは言えそうにないな。ここでアネモネのことを伝えることは得策ではないことは僕も察した。
ほんの一瞬ではあるけれど、リナは失言に飛びかかりそうに吊り上げた目尻に萎縮してしまう。
「ま、いいんじゃない。私らも急ぐ必要はないしね。しばらくはここに滞在しようと考えてるわよ。ね。構わないわよね」
楽しむように首を傾げるリナだけど、「黙っておけ」というプレッシャーは隣にいてヒリヒリと感じてしまう。
ここは素直に頷いておこう。
まぁ、どの道ハクガンと約束していたのは十日。
まだ七日ほどはここに滞在時間しなければいけないし、問題はないだろう。
「それに、このままこの町を置いて行くのもちょっと気が引けるしね。しばらくはここにいようと思う。いいだろ?」
「うん。確かにこのままじゃ気が引けるからね」
得意げに胸を張るリナは、促すように首を傾げた。
もちろん、逆らう隙間を与えまい、と圧を存分に放ちながら。
ここは素直に頷いておこう。
「そうか。すまんな。負担をかけてしまって。だがーー」
ハッカイの表情が険しくなり、
「だったら、お前たちの力を当てにしたい。隊長に大見得切ってしまって情けないのが、実質戦力が下がったのは事実。
隊長らに心配かけないため、なんとしても町は死守したい。そのためにはお前たちの力が必要だ。リナリア、お前の力は申し分ないし、お前もアカギ隊長と対等に戦っていたんだ。期待している」
とハッカイは言い、僕を睨んできた。
どうも、不定は拒まれそうだ。
つい俯き、頭を掻いてしまう。
「けど、そんなに警戒するものなのか?」
逃げたいわけではないが、つい聞いてしまう。
「さっき、リナリアに隊長が言ったことと同じだ。ここに隊長がいないと知れば、攻め込まれる危険もあるからな」
なるほど…… けど……。
「あんたも覚悟しないといけないわよ」
覚悟、か……。
脳裏に先生から剣を勧められた光景が蘇る。
争いは嫌い、と苦手とじゃ意味が違う、か。
上手く返事ができなかった。
そんな覚悟なんて必要ない、と決めつけていた。
二日後だった。
中途半端な覚悟を嘲笑われているように、決断を迫られる日は、早くも来てしまった。
「覚悟しなさい」
強い口調でリナに 詰められ、差し出されたのは一本の剣。
危機迫る雰囲気に、断る隙はなかった。
逡巡してしまう。けれど。
「……わかってる」
剣を手に取る。
「ーー行くか」
「ーーだね」
話すわけにはいかないよな。




