表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

255/352

 第四部  第六章  6  ーー  アカギの迷い  ーー

 二百五十五話目。

     なんか、私らの出番はなさそうね。

            6



 オォッ。 オォッ オォッ オォッ。


 自分がなんの手助けにもならなかったことに、後ろめたさや悔しさに苛まれ、宿の部屋に戻ろうとしたとき、咆哮が再び轟いた。

 それは先ほどの背筋を凍らすような物々しさではなく、体の熱を高めるような、歓喜に聞こえてしまった。


「……終わったみたいね」


 リナの結論じみた一言に頷いたけれど、じっとしてられなかった。

 すぐに地面を蹴り、町を駆けた。

 町では至るところで“蒼”の兵がたたずみ、何かを喋っている。

 兵の足元には、血を流して座り込む者、倒れて動かない者がいた。


 足が竦みそうになる。


 わかってはいた。


 繰り広げられたのは戦闘であって、遊びじゃない。


 本物の殺し合い。


 エルナで警護をしていたときから覚悟はしていたけれど、こうした場面に遭遇しなかったことが幸運なんだ、と改めて痛感させられる。

 拳を握り、震え出す体をごまかし、町を進んでいると、通路の真ん中で立ち、兵に指示を出すアカギを見つけた。

 当然ながら、手には剣を握り、刃には血がついている。

 アカギは僕らに気づき、一度剣を払い鞘に戻すと、立ち竦む僕らに近寄って来る。


「悪かったな。話の途中で。少し手間取ってしまった」

 

 よく言うよ。余裕だったくせに。


 腰に手を当て、深く溜め息をこぼすと、疲れた様子を見せるアカギ。

 そんな姿に内心、毒を吐いてしまう。

 アカギの姿はまったくと言っていいほど、汚れていなかった。

 それはアカギの実力を物語っている。

 それだけ、相手に突き入る隙を与えず、一方的に戦闘を進めた証拠であり、疲れた様子もなかった。

 計り知れない怖さに、強がって笑ってみせるが、上手く笑えているか自信はなかった。

 

「隊長、ご無事で」

「俺は心配いらん。それより負傷者の手当を急げ。それと、町の住民の被害の確認も急げよ。負傷者がいれば、共に手当を。それに捕らえた兵から、所属部隊なんかを吐かせろ。多少乱暴にしてもいい」


 次第にアカギのそばに兵が集まってくると、すぐさま指示を与え、兵も戸惑うことなく散り散りに去って行く。

 指示を飛ばすときばかりは、それまでと違い、アカギの頬も物々しさに強張っていた。

 ハッカイとアオバだけがアカギのそばに残っていた。

 彼らはもまた、服は汚れておらず、その実力は相当らしい。


「で、さっきの話の続きなんだが、見ての通りだ。この町への襲撃は終わらない。そんな場所を我々が離れてしまうわけにもいかないのだ」


 強い口調で言うと、アカギは町に視線を送る。

 釣られて眺めると、騒ぎを聞きつけた町の住民らが表に出始めていた。

 呆然と眺める者や、歓喜する者。また僕らに対して怯える者、と様々な住民の姿が入り混じっている。

 不安そのものが町を覆い被っているみたいで、危うい人々を放っておくわけにもいかない。


 アカギの言い分は正しい……。


「だったら、先生の頼みを見捨てるの?」


 アカギの結論じみた言葉が癇に障ったのか、リナが詰め寄る。


「何も、俺もベクルを見捨てるつもりはない。俺にしてみれば、“蒼”を束ねるのはヒダカ殿であると思うんだが。どうも、あの人は俺を買いかぶりすぎている。それに、自分が実力不足と感じられているらしい」


 実力不足。

 まぁ、あれだけ本に埋もれていれば、知識は豊富でも、力がなければ兵はつかないか……。

 アカギの実力を目の当たりすると、身を引こうとする先生の気持ちもわからないでもない。


「実力不足? いやいや、それこそ間違いですよ」


 本に埋もれ、情けない顔をする先生が脳裏に浮かんでいると、ハッカイが割り込んでくる。


「奴の体術は相当なものです。それこそ、ツルギと肩を並べるほどに。いえ、若いときならば、素手でやればヒダカの方が勝るほどでした。実力が劣るとは考えられません」

「そうなのか?」


 ハッカイの真剣な言葉に戸惑ってしまう。そんな乱暴な人には見えなかったけれど、ハッカイの熱にリナは得意げに頷いた。

 いや、お前がなんで威張るんだよ。


「ではやはり、俺の必要性はないと思うんだけどな」

「左腕を失ったのよ」


 あくまで先生の力を主張し、町に留まることを優先するアカギに対し、それまで先生を褒められ、満足げにしていたリナが口を開く。

 より険しく眉間にシワを寄せて。


「どういうことだ?」

 

 アカギの目つきが変わる。


「イシヅチとは別の襲撃者があったって書いてあったでしょ」

「ツルギ様だけが負傷したんじゃなかったのか?」

「……書いてなかったの? ツルギ隊長と一緒に戦って、そのときに腕を奪われたのよ。イシヅチなんかに負けたんじゃない」

「それだけ強敵だったのか。ツルギ様とヒダカ殿が共闘して、それだけの傷を負わせるとは…… 考えたくない相手だな」


 アカギは頬を引きつらせ、唇を噛む。

 それだけツルギに先生が相当の猛者であり、その二人を相手にした襲撃者に嫌悪感を剥き出しにしていた。


「……信じられん。あの二人がそんな一人に……」


 特にハッカイは衝撃が大きいのか、それまで冷静でいたのに感情をあらわにしている。


「誰なんだ、そんな実力者がいるなんて……」

「さぁ? そこまで私にも」


 襲撃者はミサゴ。


 それは僕らも気づいている。

 それを言わないってことは、根底から“蒼”を信用していないってことか。

 でも、先生にはミサゴのことを……。いや、先生は特別か。

 でも確かにこいつらにすべてを晒すのは得策ではないか。

 ここは黙っておくべきか。


「だから、あんたに戻ってほしいのよ。先生に組織を束ねる力はきっとあるわ。でも、ベクルの掌握がイシヅチ、もしくは襲撃者の目的だったとしたら、要の存在となる者が負傷していると知れば、敵にとって最大のチャンスになりかねない。

 兵にしたって、ツルギ隊長もいなくなり、不安は高まっているはずよ。そこに整然とした存在が急務なのよ。それが先生の考えだと思う」


 先生から聞いたことを伝えるリナ。

 以前に聞いていたけれど、平静に話すリナを見ていると、奥歯を噛んでしまう。

 そこにいたのは普段のリナではなく、兵としてのリナがいた。

 どこか僕だけが疎外感に襲われ、リナらが霞んでしまった。

 説明を聞いていたアカギは俯き思案する。多少は揺らいでいそうだ。


「ヒダカ殿の負傷は聞いていないぞ」


 誰もが黙って考えるなか、口を開いたアカギ。

 素朴な疑問なのだろう。


「単純に心配させなかっただけでしょ。そういうとこには気を使うから」


 先生の性格を熟知しているからか、リナは呆れる。

 それを聞き、アカギは頭を伏せる。


「隊長、ここは戻るべきかもしれません」


 悩むアカギに声をかけたのはハッカイ。

 意外な反応を見せるハッカイに、僕らは驚くが、それ以上にアカギは驚き、じっと目を見開いていた。


「だが、この町を見捨てるわけにはいかないぞ」

「えぇ。それはもちろんです。ですが、彼女の言う通り、ベクルをイシヅチに掌握されては元も子もありませんので」


 それでも渋るアカギ。

 金髪の髪をグシャッと掴んで唸ってしまう。


「ここには私が残ります。数名を残し、隊長はアオバと共にベクルへ」

「しかしだ……」

「お願いします。ヒダカの助けになってやってください」

 なんか、僕にはストレス発散できないって、言ってるように聞こえるけど……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ