第四部 第六章 3 ーー 必要な人物 ーー
二百五十二話目。
……私、やっぱり雑に扱われてる?
3
ミルファと呼ばれる町。
物々しい空気がその町に入ったときから、肌に強く張りついていた。
「……顔を隠しておいて正解だったみたいね」
隣で歩くリナは警戒を強め、被っていたフードの裾を引っ張り、より深く被った。
晴れて自由の身になったのはいいが、先生からの説明がこちらに届いていないのを危惧し、リナはこれまで通り、フードを被っていた。
警戒は当たっていたらしい。
町を練り歩く“蒼”の兵らは目を光らせている者が多かった。
本当に大丈夫なのか?
先生から書状を預かってはいる。
先生の話では、その書状を見せれば、話は通るだろうと言われていた。
にしても……。
「これってどういうこと?」
「……そんなの僕が聞きたいよ……」
話は通るはずなのに、僕らは両手を頭の後ろで組まされ、連行されていた。
四方を剣を構えられた兵に囲まれて。
「これじゃ私らって犯罪者よね……」
「黙ってろっ」
みたいだな、と言う前に、兵に一蹴されて苦笑し、苛立ち出しているリナを宥めた。
連行されたのは一軒の宿屋。
その一室に連れられていた。
まるで部屋を警備するように、扉の前に一人の兵が立ち、僕らが来ると扉をノックした。
ややあって、「入ってくれ」と返事があった。
どこかで聞いた声だ、と勘ぐっていると、そばにいた兵に背中を押されて倒れそうになりながら部屋に入った。
「これじゃ、私たち犯罪者なんだけど?」
体勢を直していると、隣で釈然としない様子のリナがフードをめくり、文句をこぼした。
「悪かったな。この町も今、緊張があってみんなピリピリしているんだ。そこに君らが現れた。多少の乱暴にも目を瞑ってくれないか」
声のする部屋の正面に、アカギの姿があった。
部屋は意外に広く、正面に書斎があり、そこの椅子にアカギは腰かけ、こちらを伺っていた。
以前にも見た、年配の兵と、若い兵が両脇にいて、それこそ罪人を見る眼光で僕らを睨んでいた。
この二人はアカギの腹心というわけか。
にしても、部屋が広いな。僕らが泊まる宿とはやけに違う。こんなにも豪華なのは少し羨ましかった。
「ーーで、私たちの疑いはどうなの? ちゃんと先生の書状に書いてあるはずなんだけど」
部屋の豪華さに唖然としている横で、釈然としない態度で腕を組み、素っ気なく文句をこぼした。
それを見て、アカギは手で制して、苦笑する。
「書状は読ませてもらった。君たちの処遇に対しても理解した。だこら、兵のことも許してやってくれ。彼らはまだ知らないんだ。後で伝えておく」
これでリナの容疑が晴れたんだ。と安堵して胸を撫で下ろすけれど、本人はまだ納得できていないのか、表情は強張っている。
それに気のせいなのか、リナは右側に立っていた年配の兵を睨み、警戒心を剥き出しにしているように見えた。
心なしか、老兵も睨み返している。
「……だが信じ難い事実が起こりすぎて、整理がつかないな……」
「別に嘘はついていないよ」
アカギの前には書状が広げられている。
混乱しているのか、頭を抱えるアカギに念を押すと、黙ったまま頷いた。
「……帝にツルギ様。お二人を喪うのは、柱を二本失うのと同じ。確かにこのままではもたないぞ。この組織は」
事態を把握しようと独り言をこぼすアカギ。
頭が上がる様子はない。
それに対しては、僕も口を挟むことはできず、アカギの反応を待った。
「だが、私には信じ切れません。あのツルギ隊長がよもや、イシヅチに倒されるなぞ。ツルギが……」
みなが黙っているなか、口を開いたのは年配の兵。どこか感情的に声を挙げているように見えるのは、気のせいか。
「奴は昔からかなりの猛者でした。あのようなイシヅチに敗れるなんて、私には信じ切れませんっ」
やはり怒りを剥き出しにして叫んでいる。
「あぁ、ツルギ様の実力は俺も承知している。それにここに書かれているツルギ様は負傷した隙を狙われたと書いてある。実力うんぬんの話ではないようなのだ」
顔を上げて宥めるアカギ。
それでもアカギの話を拒もうと、兵は首を振っていた。
「何? それじゃぁ、先生が嘘を書いたとでも言うのっ」
訝しげにする兵に対し、我慢できなくなったのか、リナが口を挟む。
「わかっているさ。ヒダカがそんなふざけたことをする奴ではないことも。だからこそ信じられんっ。認めたくないのだっ。ツルギがそんな……」
「落ち着けハッカイ。お前の気持ちもわかる。その憤りも。だからこそ、今は冷静になるべきなんだ。これがクーデターが目的ならば、そうした感情の起伏を呼ぶのが目的かもしれん。だから冷静になれっ」
憤りからか、書斎に拳をぶつける兵。ハッカイと呼ばれる者は、怒りだけで動いているようには見えなかった。
ツルギと何かしらの関係があったのかもしれない。
しかし、そのハッカイを宥めるアカギを見ると、ついリナの様子を伺ってしまう。
リナも険しい表情でアカギを睨んだままである。
アカギは顔の前で手を組み、額に当てながら何かを思案していた。
こちらは冷静に状況を図るようにして。
アカギが必要。
先生が言っていたことが頭によぎり、どこか納得してしまった。
視線を横に移すと、さっきまで怒鳴っていたハッカイは落ち着いたのか、身を引き腕を組んでいる。
眉間に深いシワを掘っていることから、まだ気持ちは治まらないのだろうけれど、静かであった。
それはアカギの威厳がそれだけ大きい気がした。
年下の男に悟られ、素直に従うのだから。
その光景は、リナが先生に啖呵を切っていた状況と似ていた。
リナを鎮めた先生が“蒼”を束ねるのに必要としたのがアカギ。
その結論を納得するだけの光景を見た気がした。
だったら、恐らくこいつは“蒼”のことを憂い、今後のことを冷静に見据えることができるだろう。
「……先生、いやヒダカさんは“蒼”を束ねるため、あんたに戻って来てほしいらしいんだ。それにもそう書いてあるんだろ」
先生からの書状には目を通していないけれど、それなりの予測はできるので言っていた。
これでこちらの問題は解決する。
「話はわかった。でも今は無理だ」
まぁ、いいじゃん。
出番があったんだし。




