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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第六章  2  ーー  強まる迷い  ーー

 二百五十一話目。

  今さらだけど、私主観の話って少ないよね。

            2



 大丈夫、大丈夫よ。

 額に手を当て、何度も言い聞かせた。


「……何か見えたの?」


 聞こえるのはエリカの声。

 でも、口調からするとレイナでしょう。


「大丈夫、なんでもない」


 心配してくれているんでしょうけれど、つい強く当たってしまう。

 そのまま岩に凭れた。

 横では膝を着いて前屈みになっているレイナが、顔を覗き込んでいた。

 まるで親を気にして不安がる子供みたいに見えてしまい、ふと笑顔がこぼれてしまう。


「何、その顔? 別にケガしたわけでもないんだし、心配なんかいらないわよ」

「ーーそう?」


 と、私の反応を見て、身を引いて安堵するレイナ。それでも表情はまだ曇ったままである。


「ーーで、何があったの?」


 これでごまかせたと安堵したのも束の間、レイナは私の目を真剣にじっと見据えてきた。

 どうも逃げ切れないわね。


「遠くでテンペストが起きたみたいなのよ。それでちょっと目まいがしたのよ」


 テンペストが起きたのは事実。

 これで納得してもらえるとありがたいんだけど。


「……嘘ね」

「ーーっ」


 できるだけ平静を装っていたんだけど、レイナは私を睨んだ。

 心を見透かすようにじっと。

 微動だにしないレイナ。結局レイナの力に根負けし、目を逸らした。


「……見えたのよ、また」


 弱々しく呟き、頭を抱えた。

 動揺を見抜かれても、まだレイナは目を逸らさないまま、無言の尋問を受けてしまう。

 つい数分前に見た幻影を、すべて隠さず伝えた。

 岩の前で座り、じっと話をすべて聞き終えたレイナは、口元を両手で囲い、目を閉じていた。

 私も気持ちがどうも落ち着かず、空を眺めてしまう。

 先ほどの荒れ具合が嘘みたいに晴れ渡り、青く澄み渡っている。

 空の気紛れが憎らしくなるほどに。


「それで、あなたはどう思っているの?」


 憎らしさに拳を握っていると、柔らかいレイナの声に触れた。


「……正直、ムカつくわよ。なんで、あんな光景を見せるのって」

「お姉さんが争っているのが信じられないの?」

「だってそうでしょ。私が見たいのはそんなことじゃない。星の未来よ。それなのにリナのって…… あんなの信じたくないわよ……」


 今回ばかりは素直に話していた。

 けれど、話を聞いたレイナはどこか寂しげに見えてしまう。


「どうして私はあんなものを見なくちゃいけないのっ」

「……信じたくないのね」

「当然でしょ」


 心配そうに首を傾げるレイナに、思わず強く当たってしまう。


「……アイナの気持ちがわからなくなる……」

「……そう」


 これまでの幻影の意図がわからず、顔を伏せてしまう。


「それでいいのよ」


 混乱していくなか、かけられた言葉に顔が上がる。

 そこには優しげな満面の笑みを献上された。


「なんでいいの?」

「前にも言ったでしょ。あなたはアイナじゃないわ。アイナの“意思”を持っていても、あなたは「アネモネ」だから。見えてくるのは、あなたに影響のある光景が強く見えたんだと思う」

「でも私はアイナの意思を貫こうとしてんのよ。それなのに、なんで?」


 より困惑が頭を支配しそうで、より口調が強くなってしまう。

 レイナはそんな私を責めることなく、ゆっくりとかぶりを振った。


「もしかすれば、アイナ自身、迷っているのかもしれないわね」


 なんだろ、聞いた瞬間、胸の奥で締めつけるものがあり、手で胸を押し当ててしまう。

 押し潰されそうな不安が、隠れていたものを刺激していく。

 唇を噛んだ。


「もしかしてそれって、私が迷っているからかもしれないの?」


 認めたくはない。


 けれど、不安を隠し続けておくのも嫌で、弱々しく吐き出していた。

 レイナは少し逡巡してから、首を力なく左右に振る。

 懸命にごまかし、私を傷つけないようにしているのは明白よ。実際、私と目を合わそうとしないんだから。

 それだったら、きっぱりと責められた方がよかった。

 その方がまだ傷口が浅く済んでいたかもしれないから。

 ごまかされた方が余計に辛い。


 私にある迷い……。


「ねぇ、私に迷いがあるから、あんな幻を見ちゃったってことなんだよね」

「いいえ。違うわ。それは絶対に違う」


 震えそうな声がこぼれると、レイナは私の手をギュッと握ってくれた。

 逸らしていた目を私に合わせ、ゆっくりと目を細めた。


 不思議だった。


 目の前にいるのはエリカの姿なのに、心が暖まっていく。

 エリカの姿にレイナの姿が重なる。


 私に迷いを生む存在。

 もう断ち切らないといけないのよね。

 私はアイナ……。アイナの意思を貫かなければいけないんだよね。


 だから……。

 だから、ごめん……。

 心のなかにゆらりと灯されていた、ロウソクみたいな淡い火を消す決意を決めた。


「お久しぶりです。アイナ様」


 そのとき、背中に柔らかな男の声がかけられた。

 声に気づいたレイナが顔を上げる。


「……ハクガン?」

 まぁ、いいじゃん、それは。

  話はちゃんと進んでいるんだからさ。

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