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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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250/352

 第四部  第六章  1  ーー  リナリアの存在  ーー

 二百五十話目。

  四部もかなり進んだんだよね。

     で、私たちの出番は?

           第四部


           第六章


            1



 姉さん、レイナの様子が少しおかしい、と思える時間が長くなっていた。

 いつからだったっけ。さうだ、あの祭壇を見てから。

 今になってもまだ祭りが行われていることに対して、衝撃を受けているように見えた。

 それってエリカの影響?

 彼女が目を覚まそうとしているの?

 疲れて寝ている姿を見ていると、そんなことを考えてしまう。

 確か、エリカたちは祭りに対して悪い印象を持っていたはずだから。

 それって……。

 ふと迷ってしまう瞬間があった。

 朝に目が覚めたとき、もしかすれば、姉さんの意識が消えてエリカに戻っているんじゃないか、と。

 ……私はそれを望んでいない。

 姉さんのままでいてほしい、のかもしれない。

 結果的にエリカの意識が戻っていることはない。

 レイナだと知ったとき、計り知れない安堵感が体を包んでいた。


 できれば、このままであってほしい、と微かな願いを胸に秘めながら、時間はすぎていた。

 でも変わらないのは、レイナの眠る時間が増えていること。

 今も草原で休憩を取っていたけれど、レイナは大きな岩に凭れ、束の間の眠りに入っていた。


 人の気も知らないで。


 優しい寝顔を眺めていると、ふと茶化したくなるのを堪え、目が覚めるのを待った。

 ここには私とレイナしかいない。

 セリンとミサゴは別行動していた。

 ミサゴは奇妙なことを言っていたけれど、後を追うことはできないし仕方がないし。

 なんか懐かしいな……。

 風にゆったりと流れる雲を眺めていると、ふと昔のことが頭をよぎった。

 大剣を盗んで逃げていた道中、追っ手の兵を退治すると、疲れを癒やすのにリナとよくこうして並んで休んでいた。

 いつも無茶をしたリナが疲れて眠っていた。

 ほっぺたを突いていても、起きないのが楽しくて、何度もやって、やがて目を覚ましたリナに怒られ、笑ってごまかしていた。

 青い空の懐かしさに弾けた笑顔が次第に曇っていく。


 もう昔のこと。


 自分を戒めるつもりで唇を強く噛んだ。


 ……リナ。


 捨てたはずの感傷に打ちひしがれそうになったとき、遠くで空気が震動するけたたましい轟音が鳴り響いた。

 何? 雷?

 咄嗟に顔を上げ、音のした方角を睨んだ。

 すると、遠くの空の一部が重い漆黒の雲に浸食されていて、雲が逃げるように左右に散り散りになっている。

 時折、稲光が走っていたが、嵐とはどこか違う。


「……あれって、テンペスト……」


 即座に理解した。


「……まだ起こっているの? 戦争はもう終わっーー」


 散ってしまいそうな小声をなぎ払うように、強風がここまで届いた。

 すかさず腕で顔を隠し、風が修まって腕を下ろすと、瞬きがしばらく止まらなかった。




 また場面が飛んだ。

 もう慣れてはいたけれど、思わず立ち上がってしまう。

 どこかの町の光景。

 空気が密集し、張り詰めていた。


「……ふざけないでよ」


 これが“先見”によって写し出された光景であることとわかっているからこそ、苛立ちがこぼれてしまう。

 町は荒れていた。

 風が吹き、砂ぼこりが舞うなか、争いが繰り広げられている。

 刃物がぶつかり、火花が散った甲高い音が鼓膜を振動させる。


 あれは“蒼”?


 一方の精鋭は青い服を着た者であり、争いの大半がこの勢力であった。

 それでも一方的に攻められてのではなく、青い集団のなかで、嵐のように青い兵を撒き散らしている存在があった。

 散り散りになった青い兵によって、中心が開かれたところに現れるものがあった。


「……リナ」


 中心に現れたのはリナ。そしてキョウみたいな姿だった。

 多くの青い兵がリナらに立ち向かい、それをリナらがなぎ払っていた。

 リナの両手にはナイフが握られている。

 それは以前、私が使っていたナイフであり、メガネもかけている。

 

 これがこの先、起きうる光景?

 なんでリナは“蒼”と争うの?


 なんで?


「なんで、こんなの見せるのよっ」



 私の発狂は突風となり、眼前の光景を撒き散らした。

 肩を大きく揺らしているなか、目蓋を閉じ、深呼吸の後に目を開くと、そこには整然とした草原に戻っていた。

 もちろん、そこにリナとキョウの姿はない。

 苛立ちに似た疲労感に襲われ、足腰が震えていく。

 まるで全力疾走の後みたいに足が悲鳴を挙げ、力なくその場に崩れて座った。

 両手を地に着け、影に揺れる草に目を落とす。


 なんであんな光景を見なくちゃいけないの?


「何かあったの?」


 戸惑いのなか、何気ない問いが槍みたく胸を貫いた。

 どうも、僕らは諦めるしかないみたいだね。


 でも、六章目は始まります。

 応援、よろしくお願いします。

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