第四部 第五章 7 ーー 信念 ーー
二百四十八話目。
キョウ、あんた強がったりしてる?
7
「……そうか。受け入れてくれるか。ありがとう」
先生の安堵の声が木霊した。
それは交渉という高位なことだったのか、わからない。
きっとそんな綺麗なものではない。
そうしなければいけないほど、危うい立場に僕らはいたんだ。
手段がほかになかっただけだけど、気持ちとは裏腹に、先生の明るい声が弾けた。
ハクガンとの交渉の後、一度詳しく話を聞こうと、先生のいる資料室に戻っていた。
ただ、ハクガンと交渉したことは伏せていた。
彼がワタリドリであることを知らせる必要性はなかったので。
まぁ、真相を知らず安堵する先生には、気が引けてしまうのだけれど。
僕らはアカギらが滞在している町へ向かい、屋敷で起きたことを伝え、アカギらを帰還させる。
別に難しい内容ではない。
先生の主張では、アカギならすぐに戻ってくれるだろう、という話であった。
僕らはその町で滞在することを決めた。
そこでアネモネが現れてくれるのを信じて、待つことにした。
正直、不安が消えたわけではない。
そもそも、ハクガンを信じられるのかさえ、危ういものだ。
冷静になれば、僕らの願望をアネモネらに伝えるかどうかさえ、信じられない。
今になって、僕らの状況は綱渡りなんだと、痛感させられた。
ハクガンを信じるしかない。
「そうだ、キョウくん」
ハクガンに説明を終え、資料室を出ようとしたとき、引き留められた。
振り返ると、先生のいつになく真剣な眼差しとぶつかった。
意味がわからず、首を傾げてしまう。
「君は剣を持っていないようだが、どうしてだ?」
唐突な問いに少し逡巡してしまう。
ふと手の平を眺めた後、
「武器は持ちたくないんです。僕は」
「だが、正直、これから戦いが避けられなくなるかもしれない。持っていて邪魔にはならないと思うよ」
と、本棚の脇に立てていた剣を掴み、僕に差し出してきた。
この部屋に似つかないな、と思っていたけれど、こういうことか。
それでも手を制して、拒んだ。
「僕、争いは嫌いなんです。だから、旅を始めるって決めたときから武器は持っていません。誰とも争いたくはないですから」
「では、争いになればどうするんだい?」
「争いにならないようにします」
迷いなく答えた。
「……争いが嫌いって、あんた本気で言ってんの?」
僕らのやり取りを聞いていたリナが壁に凭れ、僕を見て半笑いになった。
何かを疑うリナに、「うん」と素直に頷いた。
「よく言うわよ。この前、アカギと一戦やったとき、そうとは思えないほど強かったのに。あいつから剣を奪う対応の早さ、素人とは思えないわよ」
「それは昔、警備をしていたからだよ」
「でも、「嫌い」であって「苦手」じゃないんでしょ。それってそれだけの実力があるからこそ、言えるんじゃないの? ツルギ隊長とも一戦交えるなんて相当よ。大概、対峙するだけで萎縮しちゃうんだから」
「いや、あれは試されていただけだし、買いかぶりすぎだよ」
どうも気恥ずかしくなって、頭を掻いて苦笑した。
「それに、武器を持つことで気持ちを揺るがしたくないんです。持つことで人を傷つけるって思いたくない。命に対すりハードルを下げたくないんです。だから、僕は武器を持たないって決めたんです」
「戦うにしても、「殺す」ためではなく、「守る」ため、と捉えることはできないかな?」
やんわりとしながらも、勧める先生。
それでも手を下げることはなかった。
「すいません」
「……そうか。それは、君の信念なんだね。なら、これ以上は止めておこう。すまないね、無理強いしてしまって」
剣を下げる先生。
申し訳なさげに眉を下げる姿に、罪悪感が息を苦しくさせていた。
それでも揺らぐわけにはいかない。
「すいません」
そうかもしれない。
けど、気持ちは変わんないよ。




