第四部 第五章 3 ーー 先生の眼差し ーー
二百四十四話目。
私は自由に動きたい。
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「立て直すって、そんなの私には関係ないっ」
先生の話にリナは耳を傾けず、大声で跳ね返す。
「だったら、イシヅチを捜して仇を打つつもりかっ」
「ーーそうよっ。私は絶対に許さないっ」
「ふざけたことをするなっ。なんの意味があるっ」
体がビクッとした。
それまでにない先生の怒号が僕の体を硬直させる。
それまでにない剣幕で先生はリナを睨んでいる。
「なんでっ、なんーー」
「リナ。止めよう」
このままでは、また先生に飛びつきそうなリナの腕を掴んで制止した。
「何っ? あんたは関係ないでしょ。放してよっ」
激しく腕を振り払おうとするのを必死に押さえた。
ここだけは引くわけにはいかず、力強くかぶりを振った。
仰々しく睨むリナだけど、引き下がれない。リナの後ろでこちらを眺めている先生を見てしまうと。
リナに強く当たる先生であったけれど、青い目は酷く充血していた。
もしかすれば、彼にもツルギの死に深く関わっていて、必死に平静を装っているのかもしれない。
「止めておこう」
静かにつけ加えた。
それでも抵抗するリナ。
「頼むから、今は落ち着いてくれ、リナ」
もう一度宥める先生を睨むリナ。
ただし、今度は先生も負けじとじっとリナを睨んでいた。
「頼む。リナ」
一歩も引こうとしない様子に、痺れを切らしたのか、フンッと鼻を鳴らして腕を振り払った。
「わかったわよっ」
まったく納得していない様子で、釈然としないまま壁に凭れ、ようやく静まった。
「ーーで、何をしろって言うのよ」
完全に治まってはいないな。声がまだ怒っている。
その根深さに呆れながらも、視線を移した。
「そうだ。今はまず“蒼”の統率を急ぐのだ。今は帝を失い、ツルギもいなくなってしまうと、一番脆くなっている。それを早く立て直さねばいけない。情けない話だが、私には“蒼”を束ねるだけの力がなくてね」
「……それって、的確な人物がいるってこと?」
「アキギ殿だ」
アカギ…… あいつが。
やっぱり“蒼”の連中と関わると嫌な思いをさせられたことしかない。
どうも僕は相性が悪いようだ。
でも先生は真剣な面持ち。
ここは感情は抑えておいた。
「私が思うに“蒼”において、ツルギに次いで信頼の厚い者は彼以外いないだろう。だからリナ。君らには彼をここに連れて来てほしいんだ」
「私らが?」
突然の提案に驚き、本棚から背を放し、食い入った。
「そうだ。彼の居場所は辛うじて把握しているからな」
「そんなの私には関係ないっ」
またしても声を荒げるリナに、げんなりしてしまう。
また堂々巡りになってしまいそうだ。
「ならどうする? 悔しいのはわかるがな。イシヅチの行方はわからないんだ。ここにいる隊長格の者は癖の強い者が多いからな」
「だったら、奴の部下を問い詰めればいいじゃないっ」
「それができないから、困っているんだよ。恐らく以前から計画されていたのだろう。イシヅチだけでなく、ローズの部下の者も綺麗に出払っているんだよ」
先生もお手上げ、といった様子でかぶりを振る。
「それでも私は納得なんかしてないから。“蒼”なんて私には関係ないっ」
どうも反抗期の子供にしか見られず、呆れて頭を抱えてしまう。
けれど、リナのこの主張には反論できない。
僕も正直なところ、“蒼”を助けたいとは思えない。
「……ごめん、先生。やっぱ私は力を貸すことはできないわ」
先生の不安も理解しようとは思うけど、受け入れずに黙っていると、リナは素っ気なく言い捨てる。
リナは無愛想なまま、部屋を出てしまう。
扉を閉める間際、壊すような勢いで閉めたところを見ると、気持ちはまだ治まっていないらしい。
まるで嵐が去ったような静けさに、先生とともに溜め息をこぼした。
リナが出て行った後、つい先生と顔を見合わせてしまう。
正直、こぼれてしまうのは「疲れた」の一言。
でも、リナの気持ちを考えると、我慢していたけれど、つい苦笑した。
「相変わらず苦労していそうだね、君も」
「あ、いえ」
先生の労いに手を振った。
疲れるのは本音だけど、僕にはエリカとの旅もあったので、多少の慣れはあったから気にはしていない。
だから顎を触りながら、乾いた笑い声がこぼれた。
「もう君たちは自由に動けるようにしておいた。ま、今となっては君らを拘束を命じていた者もいないからね」
もう自由に動いていい?
「いいんですか?」
恐る恐る聞くと、先生はゆっくり頷いた。
「まぁ、アカギ殿は残ってる兵でなんとかするよ。だからと言うとおかしいけれど、リナのことを頼むよ」
「ーーえっ?」
「きっとアネモネのこともあるからね。あの子のことも考えなければな」
そこには父親のような優しい顔が戻っていた。
心配だから、怒ってしまうんだよ。
それをリナはわかってるのかな。




