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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第四章  9  ーー  脅威となるもの  ーー

 二百四十話目。

     何かが壊れる。そんな気がする……。

            9



 あの少年は明確に帝の命が目的だと言っていたか?

 いや、あのような襲撃で本当のことを言うわけはないか。

 あの爆発に何か意味があったのか?

 恐らくあれは完全なる囮だろう。

 それは帝を抹殺するためのもの……。

 だったら、堂々と戦闘をするか。いや、単独で動いているのではなく、彼自身が陽動の一つ……。


 ツルギを皮肉り、揚々としているイシヅチの姿を見ていると、不意にあの少年のことを考えてしまう。

 敗北した悔しさがあるはずなのに、あの少年を庇おうと働いてしまう。


 それだけイシヅチに不信感が強まっていた。


「お前、誰から帝の死を聞いたんだ?」


 疑心感が胸でうごめいた後、喉の奥で言葉を留めておくことができず、イシヅチを睨んで放っていた。

 これにはさすがに敵意を向けられるか。

 イシヅチは思った通り、目尻を吊り上げて睨んできた。

 やはり、とげんなりしていると、ふと目元が緩んだ。気味悪さを漂わせながら。

 イシヅチは何も言わずにボサボサの頭掻いて、じっとこちらを見ている。

 何かを訴えているようなのだけど、背中を這う気持ち悪さはなんだ?


 ………っ。


「……お前、まさか」

「うん。そうだよ。帝を殺したのは、僕だよ」

「ーーっ」

「ーーなっ」


 最悪の事態を頭によぎらせ後悔するのに、口が開いた。

 まさかと疑う気持ちが躊躇していたのに。

 しかも、イシヅチは平然と認めた。


「……今、なんて言った?」

「ーーん? だから帝を殺したのは僕だよ」


 嘘だと詰めるが、イシヅチは否定しない。


「なぜだっ。なぜ、そんな凶行に出たっ。帝はいずれ象徴として君臨する存在だぞ」


 ツルギは痛みを堪え、イシヅチを叱責する。

 冷や汗を額に浮かべながら。

 今にも飛びかかりそうなのだけど、痛みが邪魔してツルギの体をベッドに縛った。

 正直私は安堵した。

 これ以上興奮させれば、怒りで意識を奪われそうで、空気が張り詰めていく。

 手を出せない歯痒さで奥歯を噛み締めるツルギ。

 目を剥いてイシヅチを睨むけれど、イシヅチは嘲笑して首を傾げる。


「帝なんて、もう古いんだよ。だってそうでしょ。人にそんな象徴なんて必要ないじゃん」


 イシヅチは呆れた様子で喋り、手の平を宙に掲げ、おどけてみせると、ベッドを回り込み、首を伸ばして手を出せないツルギを挑発した。

 ベッドの横に進むと、腕を組み直し、今度はツルギを睨んだ。

 それも、それまでのおどけた姿ではなく、仰々しさに眼光は満ちていた。


「いいかい。これから必要なのは“恐怖”だよ」

「ーー恐怖?」

「そう。“恐怖”によっての“支配”だよ。強靱な力で人に恐怖を与えるのさ。僕らに逆らう気力を奪うぐらいのね。そして、その“恐怖”で支配するのさ。それがこれから必要なことなんだよ」


 イシヅチは満面の笑みを浮かべると、両手を顔の前でバチッと叩いた。

 小さな虫を叩き落とすようにして。


「ふざけるなっ。そんなことが許されるわけないだろっ」

 あまりの驚愕に耐えきれなくなり、ツルギより先に私が叫んでしまった。


「ふざけてる? どこが?」


 イシヅチに動揺はまったくない。


「だって実際、今もそうでしょ」



 鈍い音であった。


「ヒダカ、あんたさ、何、急に出てきて偉そうにしてんのさ。ちょっとムカつくんだよね」


 嘘だろ……。


「なんで、あんたが腕だけ斬られて殺されなかったのか、僕にはわかるよ。だって、それだけあんたには価値がないんだからさ」


 ふざけるな……。


「きっと、あんたらを襲った奴は、ツルギに脅威があっても、あんたは目にも止まらなかった。だから、殺さなかった。そして、絶望を与えたかったんじゃないかな」


 止めろっーー。


「でも甘いよね。だったら、そのときにちゃんとツルギの方は殺しておかないと。効果は絶対なんだからさ。その方が自分の無力さに嘆きながら生きさせることになるんだし」


 ………。


「けど、僕はそんなに甘くないよ。脅威となるものはちゃんと消しておくよ。ちゃんとね」


 狡猾に、それでいて無邪気に遊んでいるような、イシヅチの満面の笑顔に血しぶきが飛ぶ。

 右手には小型の剣が握られ、血で染まっている。


「ここを襲った奴は、どうやらツルギが最強だってことを知らなかったんだね。ま、面識のない奴だけど、帝を殺すのにいい足止めをしてくれたよ。だから、それなりの尻拭いはしてあげるよ」


 重い固まり倒れ、ベッドが軋む。

 今ならわかる。

 すぐに飛びかかり、イシヅチを殴りたい。

 それなのに全身の痛みが鎖となって私の体をベッドに押し潰してくる。

 リナの俊敏さと力が羨ましい。


 悔しさに涙が頬を伝う。


「あ、そうだ」


 血に汚れた剣をベッドの脇に突き刺すと、ふと思い立ったように手を叩いた。


「さっき何しにここに来たって聞いたよね。それって、もう一つ大事なことを言い忘れてた。僕さ、“蒼”を脱退させてもらうよ。もう帝もいないし、何よりここにいたって、ツルギの考えは退屈すぎてあくびが出そうだからさ。

 だから、僕なりに自由にさせてもらうね。その許可を得ようとしたんだ。実際、“蒼”を束ねてるのってツルーー」


 そこで、また手を叩き直し、合掌するように血で汚れた手を合わせた。

 口角を上げる顔は、子供でもなく、悪魔そのものであった。黒い影を覆っていた。


「もう聞こえないか? 遅かったかな」


 病室にイシヅチの高笑いが木霊した。


 悔しさが心を壊しそうだ。


「じゃ、そういうことだから。じゃぁね」

 今回の話って、どういうこと?

         これってそういうこと?

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