表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

239/352

 第四部  第四章  8  ーー  緊張感の差  ーー

 二百三十九話目。

  何かが終わった気がするんだけど、不安しかないわね。

            8



 己の未熟さに苛まれていたとき、重苦しい空気には似合わない明るい口調が病室に響いた。

 訝しげに眉をひそめると、二人が横になっている前に、悠然と立つ男がいた。

 雰囲気は先ほどの子供に似ていた男。

 けれど、悠然と腰に手を当てる姿から、別人だと気づいた。


 イシヅチである。


 この者も面識は少なかったけれど、酷く癖のある人物。

 動くことができなくても、やはり警戒を強めてしまう。


「何しに来た?」


 警戒を強めるツルギ。こいつもイシヅチを完全に信じていないのか。


「敗北者の顔を見に来た。って言えば、どうだい?」


 まったく緊張感のない明るい声が、鼓膜をざわつかせる。

 今の状況を考えれば、本当に癇に障るものだ。

 ツルギを伺うと、また天井を眺めている。本来のこいつなら、すぐさま拳を飛ばしていただろうけれど、そこまで気持ちは傾いていないらしい。

 それだけ滅入っているのか。


「そんなことより、今になってなぜここに来た?」


 いや、ただ動けないだけで、権威は溜まっていた。口調からすると、動けない分、より苛立っているようで声に棘があった。

 大丈夫なようだ。

 体が動かないだけで、気持ちは折れていないらしい。

 それでもイシヅチは嘲笑するように、首筋を擦り、聞く耳を持とうとしなかった。

 ツルギの問いに、しばらくして手を止めたイシヅチ。

 憎らしげに口角を上げた。


「だから、無様な姿を見に来たって言っただろ。なにせ、“蒼”のなかで最強と呼ばれるツルギが負けたって聞くと、僕なんかでも驚きだからねぇ」


 こいつは本当に何をしに来たのだ? これではケンカを売っているだけではないか。

 ツルギは大きく溜め息を吐き、目蓋を閉じた。

 こいつなりに気持ちを鎮めているのだろう。


「皮肉はそれでいい。それよりも何をしていた。今ここは大変な事態に陥っていたのに」

「ま、僕だってそれなりに忙しいからね。それに僕だけを怒るのはお門違いじゃないの。アカギの奴だっていないんだし。それとも何? アカギは遊んでよくて、僕はダメなわけ?」

「嫌味はそれぐらいでいいんじゃないのか。こいつの言う通り、今はそんなことで揉めている場合じゃないだろ」


 このままでは、ツルギが限界を迎えそうだ。負傷した体に負担を与えるわけにもいかず、割って入った。

 すると、イシヅチは矛先をこちらに向け、睨んでくる。


「そんな場合じゃない? それって帝の死が関わっているということかな」


 平然と話すイシヅチに、息を呑んでしまう。

 すでに死は広がってしまっているのか。

 ならばそれこそ、兵の間で動揺が広がり、規律が乱れてしまうのも時間の問題だというのか。

 帝の死を知っているのならば、事態を把握しているのだろう。

 ならなぜ、そんな余裕でいられる。平然としすぎている。

 帝の死を受け入れているのか。

 私と目が合うと、憎らしく目を細めた。


 違う。


 まさか、楽しんでいるのか。


「そうだ。今はここで寝ている暇はない。早く立て直さなければいけない」


 私の疑念が高まっていると、ツルギが息を荒げながら肘を突き、上体を起こそうとしていた。


「無理をするな。ツルギ」


 包帯の間から見える黒い肌が歪んでいる。見るからに痛みを堪えているのは明白。

 声を荒げて制止するのだが、気にせずツルギは体を起こそうとする。

 もう一度、声を荒げようとすると、ツルギは動きを止めた。

 よかった、と安堵するけれど、どうも違う。

 不快に思っていると、イシヅチの変化が目に止まった。

 イシヅチは相変わらず憎らしげに笑い、左手を出してツルギを制していた。

 そこでツルギはイシヅチを睨んでいる。


「別にそんなに急がなくったっていいよ」

「何を言っている。帝が亡くなったのだぞ。早くーー」

「もうあんなお飾りはいらないでしょ」

「なんだとっ」

「だって、そうでしょ。帝といって統制しようとしたって、実質動いているのは僕ら兵士だよ。そして、その僕らに指示しているのはあんた。違う? ツルギ隊長様」


 制していた手をクルリと回して、イシヅチはツルギを指差す。

 相変わらず気持ちを逆撫でするように、皮肉めいた喋り方で目を細める。


「もう帝なんて必要ないんじゃない」

「……何が言いたい……」

 ほんとだな。

   早く安心できればいいんだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ