表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

238/352

 第四部  第四章  7  ーー  戦闘の終わり  ーー

 二百三十八話目。

    ……辛い。

            7



「ごちゃごちゃうるさいっ」


 緊張に縛られ、子供の奇妙な威圧感に萎縮していると、ツルギの一蹴が縛りを解いてくれた。

 傷を押し、子供に立ち向かうツルギ。

 負けじと私も床を蹴る。


 この子は倒さないといけない。


 全身を刺す痛みが訴えてくる。容赦するべきじゃない。

 子供の懐に飛び込み、拳を握った。

 禍々しい子供と目が合った。

 刹那、体が仰け反って視線が宙に動く。

 薄暗い天井を捉えたとき、一際黒い影を捉えた。





 あれは?


 疑問に襲われたとき、影が一気に晴れ、辺りが白く広がった。

 記憶にある廊下の天井とは違う、白い天井が広がっている。


「……気がついたか?」


 戸惑いにまた意識が飛んでしまいそうなとき、横からツルギの声が届いた。

 戦闘中だというのに、どこか気のない声。

 何をしている。お前ともあろう者が油断しているのか。手加減できる相手ではないんだーー。


「ツルギッ」


 叱咤すべく顔を横に向け、ツルギを捉えたとき、目を剥いた。

 そこにツルギはいる。

 だが、勇ましく剣をかまえ、立っているのではなく、寝そべっている。

 全身を白い包帯に撒かれ、顔も半分は包帯に撒かれ、一目ではツルギと認識できそうにない状態でベッドに横たわっている。

 勇敢さはそこにない。


 なんだ、病室? いやだが、私らは……。


 動揺が広がるなか、辺りの光景が見えてくる。

 見覚えのある場所は…… 屋敷の病室?


「ーーっ」


 急激に左肩に激痛が走り、すぐさま左腕を掴んだ。


 ……はずだった。


 でもすぐに違和感に襲われる。

 掴もうとしていた左腕が掴めない。

 なんで? と瞬きを忙しなくしていると、脳裏に光が走った。




 仰々しい子供と目が合ったとき、これまでに受けたことのない激痛が左肩を襲った。

 子供の右頬に繰り出そうとしていた左腕は痛みに邪魔される。

 痛みから逃れようと、体を仰け反らしたとき、不意に天井を見上げてしまう。

 宙に何かが舞っている。

 瞬きを忘れていたとき、気づいた。


 ーー腕。


 普段、見れらるはずのない方角から捉えた腕。


 私の腕が宙に舞っていた。



 さらに酷くなる痛みに意識を引っ張られ、現実へと戻された。

 歪んだ眼差しが捉える天井は、苦痛から憎らしく見える。


「……負けたのだ。俺たちは……」


 堪え難い通告をツルギは静かにこぼした。そこには怒りも悔しさも何もない。

 単調にこぼしているだけ。


 負けた?


 全身の痛みで動けないまま、何度も瞬きを繰り返してしまう。

 私たちは負けた? あの華奢な子供にか?

 腕を切り落とされた惨めな現実は、私の記憶すらも奪ってしまう。

 いや、痛みと驚きで意識はすぐに途切れただろう。

 だからこそ、子供との戦闘がその後どのように継続されたのかわからない。

 恐らくツルギが奮闘してくれたのだろう。

 だからこそ、この男でさえ、これだけの重傷になってしまった。

 私はなんの役にも立っていない。

 すぐさま意識を失い、ツルギの邪魔になっていたのだろうか。


「……そうか。負けたのか」


 悔しさが初めて襲い、寝そべる私の胸に鎮座し、圧迫していく。

 自分が負けたことへの悔しさではない。私の力が微塵であることを自覚しているから。

 悔しいのはツルギが負けたという事実。

 こいつの強さは昔から知っている。ハッカイとつるんでいても、こいつがケンカなんかで負けるはずがない、と自信を持てるほどの部類の強さをほこっていた。

 どんなことでも打ち勝つと、どこかで慢心があったのかもしれない。


 だから悔しかった。


 今のツルギにどんな励ましの言葉も、傷口を広げるだけ。悔しさを噛み殺してじっと天井を眺めていた。



「だが、なぜ私たちは生きている?」


 変わることのない天井を眺めていると、否応にも気持ちは沈み、心の隅に残っていた疑問をこぼした。


「知らん。俺らの弱さに同情し、手を引いたか、興ざめしてしまったのか。俺も気づけば奴は消えていた」

「しかし、あの少年の言動。興味半分で訪れたのではなく、それなりの覚悟が見て取れたんだがな」

「知るか。奴の目的が変わったのか、時間を稼ぐ必要がなくなったのだろう」


 目的、時間稼ぎ……?


 ハッとしてしまう。


「そういえば、あの子供との戦闘の直前、爆発が起きていたはず。それはどうなったんだ」

「そうだ。あの爆発はどうなんだ? あれから時間が経っているはず」

「爆発による被害は少ない。武器なんかは相当失ったが、それ以外は大した被害はないと聞いている」


 そうか、と被害が少ないことに安堵するが、どうもツルギは奥歯に物が詰まった言い方に聞こえてしまう。


「ほかに何かあったのか?」


 何かを隠している雰囲気が漂い、聞いてしまう。


「帝が亡くなられた」

「ーーなっ」


 痛みを気にせず、体をツルギに向けてしまう。痛みを気にする余裕なんてない。

 痛みを忘れ、ツルギを睨むが、ツルギは天井を睨んでいるだけで、反応することはなかった。


「お前より少し前に目が覚めてな。すると、仰々しく兵が立っていて、報告された。その兵はすぐに泣き崩れたよ」

「まさか、あの子供が?」


 想像でしかないが、一番可能性のあることを聞くと、ツルギは目を瞑る。


「俺たちの相手をした後、凶行に走ったのか、あの爆発はそれの陽動なのかはわからん。だがーー」


 やはりあの爆発は陽動でしかなかったのか……。

 だったら、なおさら私たちが負けたことは……。


「ーーふん。やけに無様な姿だね」

 なんか、自分の居場所がここでいいのかな、と思うよな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ