第四部 第四章 6 ーー 大人の事情 ーー
二百三十七話目。
私、ここにじっとしていたらダメな気がする。
6
ったく。憎らしい正論を言われると悔しいな。
確かに油断はしていたのかもしれない。
よろめく体を直して立ち上がると、向かいでもツルギが腰を上げる。
「君は誰なんだ?」
「さぁね。もう知る必要もないんじゃない?」
まったく、本当にナメられたものだ。ローズらが苛立ったのも納得できそうだ。
「さて。そろそろ本気でも出してあげようか」
「ハハッ。本当に癇に障る子だな」
これまで我慢していたけれど、つい本音がこぼれてしまう。
もう様子を伺う必要はないか。
「なら、君はなぜ我々を滅しようとそこまで必死になるんだ」
今の一撃で悟った。
私の力では敵わないだろう。
だったら。
視線を横に逸らし、ツルギを伺う。こいつも疲労は積もっているだろうから。
こいつの体力を回復させる時間を稼ごう。
ツルギの一撃に賭ける。
「前にもおじさんらの仲間に警告したんだけどね。それもダメみたいだから、ここに来たってことだよ」
「だが、我々も最後まで抵抗するぞ」
「その状態で? 無理だよ」
「そうかな。大人をナメるのも控えていた方が無難な場合もあると思うが」
「……まったく。それじゃ、駆除しても沸いてくる害虫みたいじゃないか。面倒だね。だったら、この屋敷すべてを消し去ろうかな。害虫の巣を壊すように」
今度は槍を肩にかけ、鼻で笑う。
今度は害虫扱いか。腹立たしさも度を超えると笑えてしまうな。
「害虫とは言ってくれる」
黙っていればいいものの、癇に障ったのか、ツルギが苦虫を噛み潰したように牙を剥く。
まったく、私の意図を汲んで休んでいればいいのに。
「そんなに面倒なものが嫌なら、それに答えてやろうじゃないか。俺はしぶといぞ。
俺はどんな状態になっても、噛みつくからな」
多少の体力が回復したのか、より突っかかるツルギ。
それには子供も首を傾げ、槍の刃をツルギに向ける。
「俺らにだって、それなりの目的があるのだからな。それなりの信念で動いているんだ」
「目的? 信念? ここの連中を見てたら、粗雑な奴ばっかで、信念なんかで動いているとは考えなれないけどね。こんな乱暴な集団だったら、世界を支配とでも言いかねないんだけど」
まぁ、当を得ている気はするが……。
「お前のような子供に、我々大人の事情は理解できんだろう」
ここはツルギも退くことなく胸を張る。すると子供は刃を下げ、腰に手を当てる。
なんだろう。一瞬ではあるが、子供の気配が変わった気がした。
人を皮肉る雰囲気が消えた。
それこそ、一瞬にして、全身に棘の生えた皮を被ったみたいに、禍々しさをまとった気がした。
なんだ? 別に気に障るようなことを言った覚えはないぞ。
ツルギにしても、語弊はあったとしても、間違っていない。
「……大人の事情か。楽なものだな。そんなもので世界を簡単に変えようとしているのだから」
「簡単ではないからこそ、動いているのだが」
「そうかい? だったら、その信念に逆らう集団でも現れれば、迷わず戦争でもするのかい?」
「我々の信念に逆らい反抗する者があるならな」
どこか子供の口調が重くのに対し、ツルギは即答した。
奴もまた堂々と胸を張って。
少しは言葉を選べ。それでは語弊ばかりで、間違った印象を与えるだけだというーー
「ーーっ」
嘆いていたときである。
ツルギの胸に、縦に亀裂が走り、血しぶきが舞った。
「だから大人は嫌いだ」
渇いた子供の声が響いたとき、血しぶきをあげるツルギの前に子供がしゃがみ込み、槍を突き上げていた。
この一瞬に間合いを詰めてきた。
状況が掴めない間に、子供が立ち上がるのと同時にクルリとと体を回転させる。
子供の正面がこちらに向いたとき、またしてもツルギの体が横へと吹き飛ばされる。
体の回転と同時に、蹴られていた。
あのツルギをいとも簡単に?
槍の刃は赤く染まっている。
確実にツルギの血であり、頭が真っ白になる。
「ツルギッ」
思わず声が上擦り叫んでしまう。
ツルギはまたしても壁に衝突し、床に倒れていた。
「……ったく。いい歳した奴が情けない声を出すな……」
焦りが少し和らいだ。体をゆっくりと起こし、膝を着くツルギ。
傷はさほど深くないのか、声は詰まりながらも意識はしっかりとしている。
それでも、問題なく動ける状況ではない。
こちらもゆっくりと立ち上がる。
次は私か……。
手の痺れを我慢して構え直すと、子供は槍を横へと大きく振る。
刃についていた血が飛ぶ。
「……戦争も仕方がないなんて言うのか…… まったく学習能力もくそもないんだな」
なんだ、子供の口調がまた変わる。より狡猾に聞こえてしまう。
「あのとき、アイナ様とレイナが犠牲になった。二人とも世界から争いがなくなればって、犠牲になったのに…… それなのにこいつら……」
顔を伏せ、独り言をこぼす子供。
「戦争って、昔のことを言っているのか? 君は何を言っているんだ?」
様子がおかしく、つい割り込んでしまう。
「……が下した罰だよ。でも、僕は後悔なんてしていないっ」
刹那、顔を上げた子供は、仰々しく僕を睨み、刃を向ける。
「僕はアイナ様のために動くっ。もうあのときみたいな後悔はしないっ」
胸騒ぎってやつか。
でも、どうしようもないし……。




