第四部 第四章 4 ーー 襲撃者 ーー
二百三十五話目。
何かが起きたの?
これって……。
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嘘だろ、と叫びたくなるのを忘れてしまうほど、驚愕に体を縛られた。
ツルギが倒れている。
屈強で相当な力の持ち主であるツルギを、ボールを投げるような感覚で飛ばされている。
さっきの衝撃、あれもそうなのか。それなら……。
「僕としては、乱暴なことをせずに、すべてを消し去りたかったんだけど。邪魔しないでくれないかな、おじさん」
頭が真っ白になりそうななか、薄暗い闇から影がゆらりと揺れ、こちらに近寄ってくる。
左側の窓から射し込む光が現れる輪郭を照らしていく。
「さっさと終わりたいんだけどね。僕としては」
「……なんだ、君は……」
ツルギと同じように屈強な男。もしくは一個小隊もの人数が隙を突いたのか、と想像していたが、照らされた姿にまた驚愕させられる。
現れたのは一人。
それも、戦闘には不釣り合いな華奢な体が印象的であった。
こいつがツルギを。
恐らくは男だろう。ただ、口調や声質からして、まだ若い。もしかすれば、リナよりも幼い子供なのか。
声だけならば、間違いないだろうけれど、確証はない。
こいつは全身を隠すようにマントを被り、顔を隠していた。
この容姿、どこかで聞いた気が。
それにしても信じられない。
しかも手には背丈よりも長い槍を持ち、床にドンッと突いた。
「何をしに来た。お前がこんな場所にいても邪魔なだけだぞ」
マント姿の子供から放たれる、不快な威圧感に萎縮していると、横で倒れていたツルギが割り込んでくる。
息が詰まるのを堪えながら。
「別に邪魔するつもりで来たわけではないさ。大きな音がしたからだ」
よろけながら立ち上がるツルギに吐き捨てる。
ここで心配しすれば、逆撫でするだろうから。
「あれ~。まだ立つんだ。そのまま倒れておけばいいのに。まだ痛い目に遭いたい?」
「お前、前にアカギから報告を受けていたガキか? 偉そうに啖呵を切ったという」
「う~ん。どうだろ」
アカギ…… あれか、突如この屋敷に現れ、ローズとイシズチに啖呵を切っていたという。
すぐさま身構えてしまう。
話ではまるで空間を切り裂いて現れ、同じように突然姿を消したっていう奴。
油断はならない。
「下がってろ。お前のような知識しか能のない奴は邪魔だ」
「そうも言っていられないだろ。今、兵らは混乱している。見る限り一筋縄ではいかないだろ」
首筋を擦った後、私を邪険に扱いながら、ツルギは剣をマントの子供へ向ける。
子供とて容赦しない。
すると、子供は手にした槍を軽々と頭上で回転させると、こちらに刃を向けた。
「ふ~ん。おじさんたち、二人で僕の相手しようとしてんの。大丈夫? 体キツいんじゃないの。歳なんだからさ」
ケタケタと笑い、茶化すように言う子供。
だが、ここは相手にしている場合ではない。
「どういうことだ、ツルギ。なぜ、お前はこんな子供と。今の爆発と関わりがあるのか?」
「知らん。帝に用事があり、向かおうとしていたんだ。そしたら、こいつがいて、あの爆発だ」
帝……。
薄暗く続く廊下の先、子供の後ろが帝の部屋に繋がっている。
「……最悪だな。ならこいつの目的は……」
「倒した後、すべて吐かせる。余計なことを考えるな」
廊下の先を眺め、最悪の事態を頭によぎらせたとき、隣でツルギが叱咤する。
確かに一瞬気が緩んでしまった。
「あれぇ~。ちょっとおじさんたち、僕を無視するって酷いんじゃないの」
どうするべきか考えていると、子供はまた茶化してくる。
このまま有無も言わず、先手を打つのもいいが……。
「少年。一つ聞かせてもらいたい。君の目的はなんだ。先ほどの爆発も君の仕業か?」
「あれ~。それじゃ聞きたいことって二つになるじゃん。ズルいなぁ」
「くっ。ナメやがって」
あくまでおどけた態度を崩さず気持ちを逆撫でしてくる。
いきがるツルギが制し、
「では、あの爆発は君の仕業か?」
「う~ん。どうだろ」
「下手に出れば、調子に乗りやがって。あまり大人をナメるなよ」
我慢の限界か、踏み出そうとするツルギの肩を抑える。
息を荒げるツルギをよそに、子供は構えを解き、また槍を突き立てた。
「ま、おじさんら弱そうだから、もう一つサービスで教えてあげるよ」
そこで子供はおもむろにフードを捲った。
突然の動きに目を剥いてしまう。
晒された顔は思っていた通り、まだ幼い男の子であった。
戦闘とは無縁とも思える、優しそうで目の澄んだ顔をしていた。ただ、短髪の黒髪が額に触れているけど、額には左上から鼻筋に向かって斜めに大きな傷跡が残っていた。
火傷なんかではなく、刃物で斬られたような傷。
穏やかな顔立ちには不釣り合いに見えた。
その傷に唖然となっていると、またしてもまたしても子供は槍を構え直した。
「僕の目的。それはアイナ様の障害を排除することさ。障害となるものはすべて、ね」
嫌なことしか想像できないな、これじゃ……。




