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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第三章  5  ーー  戦争の火種  ーー

 二百二十九話目。

    結局、私らは自由に動けないってこと?

            5



 テンペスト……。


 何度、この言葉を聞いてきただろうか。

 町に君臨する祭壇、アイナ、忘街傷…… ツルギ。

 人の嘆きや苦しみ、争いの先にいつも見え隠れしていた言葉がまたしても僕らの前に立ちはだかった。


 どれだけ嘲笑うんだ。


 心に植えつけられた強風に、身震いしてしまう。

 

「なんで、テンペストが関係あるの」

「当時から、テンペストは猛威を振るっていました。二国の境界をものともせず起こるテンペストは、領地を削り、作物だけでなく人々の命も奪う。次第に枯渇していく国は、互いの領土奪うことで、自国の安泰が訪れると考えたのです。テンペストに奪われるなら、相手国から奪えばいいと。それが戦争の火種です」

「互いに協力して、テンペストの対策を立てなかったの?」

「人とは脆いもの。歪んだ思考に世界は呑まれていきました」


 だから戦争は起きた。


 言い表せない感情に背中から抱きつかれたみたいで、体が重くなり、また身を丸めてしまう。

 誰も何も言い出せないでいると、唐突にコップが差し出された。

 顔を上げると、そばにミントがコップを手にして、屈託ない笑みを献上してくれた。


「あの、少し休憩しませんか」


 恐怖に縛られていた体を解してくれる笑みに、緊張が解れ「ありがと」とコップを受け取った。

 ミントはリナとハクガンにもお茶を渡すと、申し訳なさそうに、隅に身を引いた。

 コップに入ったお茶を眺めていると、この水面みたいに穏やかにいたいのが本音であった。けど。


「じゃぁ、アイナは戦乱に身を投じたけれど、あんたはそれに反対したんだよな」


 ここまできて、話を切るわけにもいかず、踏み込んでみた。

 するとお茶を一口飲んだハクガンの眉が下がる。

 どこか寂しそうに。


「えぇ。その通りです。私はアイナ様が犠牲になることを最後まで拒みました。結果的に戦争が起きることも致し方がない、と」

「意外と冷酷なのね、あんたも」

「そう言われても仕方ありませんね。その通りです。ミサゴにも裏切り者と罵られました。でも私はアイナ様を救うために、と考えていましたから」

「でも、戦争は起きてしまった……」

「いたたまれないです」


 元も子もないことを言っているのは、痛感している。


 でも現実は現実。


 コップを揺らしてみると、水面が揺れる。世界は今、こんな状態な気がする。


「悲しいことに、戦争もテンペストも鎮まることはなかったのですからね」

「それでなんで、あんたは“蒼”に? はっきり言って、“蒼”はその戦争によって敗戦国となった者の子孫の集まりなはずよ。だったら、“ワタリドリ”にしてみれば、憎むべき相手ではないの? そいつらがアイナの力を利用しようとしていたのなら」


 お茶を飲みながら聞くリナ。

 疑いはより強くなっている。

 そうだ。矛盾している。

 もうアイナはいないんだ。ハクガンが属している意味がわからない。


「結局、テンペストは鎮まっておりません。アイナ様が命をとして鎮めようとしたこと、それを進めるのは我々の義務でもあると考えているのです。それを成すには“蒼”にいるかとが正しいと考え、「ワシュウ」と名乗っています」

「その目的は?」


 できるだけ強く聞いてみたが、返事はない。

 それ以上答える様子もなく、口を噤んでお茶を飲んでいる。

 教えてはくれないか。


「わかった。じゃぁ、僕たちはあんたの目的というものに含まれていると考えていいの?」


 このままではらちが開かず、もう少し踏み込んでみた。

 ただ、ハクガンは首を縦に振らない。


「いいえ。私の目的はあくまで私が行わなければいけないこと。それはアイナ様の意に背いた者として」

「じゃぁ、なんで僕らをここに連れて来たのさ。気紛れとでも言いたいの?」

「それはある。と言えば語弊もあるかもしれませんね。ただ、闘技場で倒れている君を見捨てるわけにもいきませんでしたから。まかりなりにも、あなた方はアイナ様と関わりのある方々でしたので」


 ……僕らというより、リナとアネモネの関係を指摘してんだろうな。


「また、あそこは“蒼”の中核。歴史についてや“ワタリドリ について漏れることは、極力避けておきたかったので」

「じゃぁ、僕の傷が癒えれば、あの牢屋に逆戻りもあるってことなの?」

「それもあり得るかと。過去のことを話すためにここに来たものですから」

「ーーそ。でも、こうして自由な身になれば、強引に逃げ出すことぐらいは簡単にできると思うけど?」

 

 牽制するハクガンに、リナは挑発めいた言い方で反論し、メガネをかけ直すと両手を擦る。


「それはどうか勘弁してほしいものですね。私としては、あなた方を特例として表へ出る処置を行いましたので」


 リナの脅迫めいた話に動じることもなく、平然と受け流すハクガン。

 どうもこいつには多少の恫喝も怯むことはないみたいだ。

 それに対して、何か反抗でも起きれば、拳をかざそうとしているリナにげんなりしてしまう。

 本当に手を出しそうで怖い……。

 でも、思わず苦笑してしまう。


「なんか、それって僕らに対しての脅迫にも聞こえるんだけど?」


 言い方を変えれば、いつでも僕らを処罰できると聞こえてしまい、堪えられなかった。


「心配しないでください。私もそのような愚行はいたしませんから。でも、大人しくしてはいただきたいですね」

「はぁ? 何よそれ。やっぱり脅迫してんのと同じじゃない。私らをナメてんの?」


 癇に障り怒鳴るリナ。確かにここで逃げ出す方が的確かもしれない。

 でなければ、エリカを助けに行くことすら叶わなくなってしまう。

 やはりここで……。


「あなた方の質問はこれでよろしいでしょうか?」


 行動に出るべきか躊躇していると、不意にハクガンに問われた。

 顔を向けると、こちらを見ているのだけれど、急に息が詰まってしまう。

 こちらを見るハクガンの目尻が吊り上がっている。その眼光は、それまでの温厚さは微塵もなく、仰々しさに満ちていた。

 獲物を捉える獣の牙のごとく、肌に突き刺さって緊張を誘う。

 以前にも陥った感覚。

 そう、ツルギと対峙したときも同じ緊張に襲われ、手の平がじんわりと汗に滲んでいく。


 気づかされた。


 まかりなりにも、こいつは“蒼”の隊長格。敵意をあえて消しているだけにしかなく、ツルギと同等の力の持ち主。

 逆らうのは得策ではない…… か。


「わかった。あんたに従う」

「ちょっ、キョウッ。あんた本気なの?」


 僕の返事に驚愕するリナ。

 それを必死にかぶりを振って制した。

 もちろん、まったく納得いかず、苦渋に頬をしかめ、僕をじっと睨んでくるけれど、そこは無視した。

 後でちゃんと説得できればいいんだけど……。


「そうですか。話が通じて安心しました」

 

 よく言うよ。膝の上でギュッと握った。見えない恐怖が僕を支配した。


「では、私からも改めて聞かせていただきたいのですが……」


 そこでハクガンはどちらかというと、僕ではなくリナに視線を傾けた。


「あなたはおっしゃいましたね。アンクルスを目指している、と」


 唐突に出たアンクルスの名を聞いた瞬間、それまで牙を磨いていきがっていたリナの体が硬直し、目を剥いた。


「アンクルスを目指しているのは、正気の沙汰ではない」

 ここは大人しくしておこう、リナ。

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