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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第三章  4  ーー  語られること  ーー

 二百二十八話目。

   私は甘くない。 責めるわよ。

            4



 戦争時代からずっと生きている?

 そんなことあり得ない。

 きっとアネモネと同じ状況なんだ、と奥歯を噛み締めるけれど、多少の動揺が残った。

 納得なんかできるはずないだろ。

 気持ちを宥めるため、大きく深呼吸した。


「じゃぁ、なんでアイナと袂を絶ったんですか?」


 これだけ僕らに動揺を与えてきたんだ。だったら、こっちだって遠慮はせず、直球で聞いた。

 だがワシュウ、いやハクガンは答えず、気まずそうに鼻を掻いた後、目を閉じて腕を組んでしまう。


「……さっき、変な夢を見ました」


 このまま黙秘を続けられそうになり、思い切ってみた。


「そこではあなたたち、“ワタリドリ”が何か口論しているような、そんな感じでした。それってただの夢かもしれないけど、僕にはどうしてもそうは思えない」


 そうだ。数分前に見た光景は、ハクガンに対する疑念と同時に渦巻き、ひしめいている。

 そのこともしっかりと解決しておきたい。

 ハクガンは動揺することなく、何度も小さく頷いた。


「そうですね。ではまず、一つ伺いしたい。あなた方は我々“ワタリドリ”の事情について、どの程度把握されているので?」


 まただ。

 目蓋を開き、ゆったりとした口調で聞いてくるハクガン。

 それでも、温厚な裏側には、強い圧迫感があり、逆らうことができない。

 鋭い眼光も体を縛ってくる。


「トゥルスで伝えられているあなたと、アイナの関係程度です。アイナのやり方に絶望したと」


 一度リナの顔を見合わせてから口を開いた。


「それと、アネモネがアイナの生まれ変わりであり、あの子が“鍵”を開いたとき、アイナの記憶が戻ったとかどうとかで、私らと別れることになった。

 一言、言わせてもらえば、あなたのお仲間、ミサゴが連れ去ったってことでもあるんだけど?」


 そこでリナがつけ加えた。

 やはり皮肉を込めた口調でハクガンを睨み。


「ミサゴがそんなことを……」

「ついでに言えば、もう一人、エリカって子もね。あの子もセリンって奴が連れ去ったわよ。何? “ワタリドリ”は誘拐集団なの?」


 極上の皮肉かもしれないけれど、リナの勢いには感謝した。僕も内心エリカのことが気がかりだったから。

 リナの指摘に、引っかかることでもあるのか、鼻を擦りながら思案するハクガン。

 やはり思い当たることがあるのか。


「偶然か必然か。あなた方も我々と関わりの深いなかにいるようですね。これもアイナ様の意思でしょうか……」

「一人で納得していないで、少しは説明してもらえる?」


 痺れを切らしたリナに、ハクガンは静かに頷くと、壁に凭れた。


「そうですね。では、順を追って話すことにしましょう。まず、あなたが見た夢。それはおそらく幻であったとしても、事実に近いものがあるでしょう。

 その昔、大きな戦争があったのはあなた方の様子ではご存知ですよね。その渦中に、我々“ワタリドリ”はいました。

 そして、アイナ様とレイナを守るため、我々は戦火から逃げることを決めたのです」

「レイナ? レイナって誰だ?」


 どこかで微かに聞いたことがあるのだけれど、思い出せない。


「レイナとは、アイナ様の姉です。姉妹は我々にとって大切な方々。死なせるわけにはいかなかったのです」

「ちょっと待って。姉? そんなの初耳よ。どういうこと?」


 椅子に凭れていたリナが前のめりに叫ぶが、ハクガンは止まらなかった。


「そして逃げ出した我々ではありましたが、その最中、アイナ様は世界に起きていることを憂い、自身の命を捧げることで、世界に起きている、いや、起きようとしている動乱を止めようとしたのです」

「止めるって、それは戦争を? でも、そんなのたった一人で止められるわけが…… 言っちゃ悪いけれど、たかが女の子一人の力で戦争が終わるわけないだろ」

「されど、アイナ様なのです。アイナ様には不思議な力がありました。未来を予見できる、“先見”の力が」


 未来? 先見?

 眉をひそめたくなることに、頭が混乱しそうになる。


「彼女にしてみれば、それは夢のような感覚や、時折不意に見るもの。占いの延長線上のもの、と言っていました。だから、信憑性も低いと。でも噂は広がり、当時争っていた二国にも伝わり、その力を利用しようと、アイナ様をつけ狙うようになったのです。開戦間際とされており、アイナ様の力があれば、戦火は大きく傾いたでしょうから」

「だから、逃げた?」

「アイナ様は憂いたのです。この星のことを。そして自らが犠牲になれば争いが治まるのでは、と穿った考えにいたり……」


 そこでハクガンは口を噤み、顔を伏せた。

 その先を語るのを拒むように。

 ……命を堕とした。

 話の流れからして、推測してしまう。


「じゃぁ、アイナが戦争の火種となったのか?」

「ーーそれは違いますっ」


 話を僕なりにまとめるとそんな結論になると、すぐさまハクガンは反論した。

 顔を上げ、僕を睨んで。


「言ったでしょう。アイナ様はこの星を憂いていた、と。この星の嘆きが人々の争いの火種だったのです」

「星の嘆き?」

「ーーテンペストです」

 そうだ。ここは引き下がらないさ。

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