第四部 第三章 2 ーー ハクガンとの関係 ーー
二百二十六話目。
私らの出番があったとしても、今は休憩するべきかしら。
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……トゥルス?
僕の心配を見透かしたのか、リナは静かにこぼした。
「トゥルスって、えっ?」
やはり思考が追いついてくれない。
言葉に殴られているみたいだ。
まだ疑問符が頭の上で踊っている。
部屋を見渡してみると、どこか見覚えのある部屋であった。
確かここは…… ミントの家?
「いや、でもなんで僕らがここにいるんだ? 確かツルギに負けて」
「あんたがツルギ様に負けて、重傷だったからね。それでまたトゥルスのお世話になったってこと。まったく、ツルギ様に真っ向勝負なんて狂ってるわよ」
椅子に凭れ、呆れ顔で首を傾げるリナ。
もうそれ以上傷をえぐらないでくれないか……。
いや、そうじゃない。
「そうじゃないんだ。なんで僕らはここにいるんだ? そもそも、どうやって僕らはここにいるんだよ? 逃げ出したってこと? そんなことが……」
「あぁ、それね。それはハクガンのおかげよ」
「……ハクガンって? それって確か」
以前に聞いたことのある名前。
それはどこでもない、ここトゥルスで聞いた名前だ。
確か、ミントら生け贄になりかけた人らをかくまっていた人物。
それも確か“ワタリドリ”だったはず。
聞き間違いかと、ミントを見ると唇を噛み、真剣な面持ちで静かに頷いた。
リナは納得していないのか、目を瞑ってうつむいてしまう。
「でも急になんで? なんでそいつがいきなり現れたんだ? 僕らは何もしていないじゃないか」
「それがいきなりじゃないのよ」
また僕の知らないところで問題でも起きたのか、リナは面倒そうに溜め息をこぼした。
「あの、そんなにハクガンは悪い人じゃないですよ」
訝しげにしていると、ハクガンを庇おうとミントは割り込んでくる。
不可解な行動に警戒する僕に、申し訳なさそうに。
別に責めているわけではないのだけど、ミントは叱責されたみたいに肩をすぼめてしまう。
「あんたが重体で牢屋に戻された後でね、そいつが現れたのよ。それで有無も言わず、私と一緒にトゥルスに連れて来られたの。
腹立つわよね。逆らえない私らをコケにしてくれるんだから。まぁ、手の鎖を取ってくれたことだけは感謝するけれど」
顔の横で手首をクルクルと回し、自由を強調するけれど、妙に“だけ”をより強調している気がした。
悔しがるリナを見ていると、自由を手にしれても敵わない相手ってことか?
いや、それともツルギみたく、精神的に追い詰める弱味を掴んでいるということか。
それならば厄介な奴。
「いや、違う」
ハクガンの名前が出て芽生えた疑問があった。
「でも、ハクガンって奴は“ワタリドリ”だろ。なんでベクルに? あそこは“蒼”の住み処だろ。いくらなんでも、そう簡単に潜入することなんてできないだろ」
直球的な疑問をぶつけると、逆鱗に触れてしまったのか、リナは眉間に深いシワを寄せた。
苛立ちを抑えているのか、前髪の三つ編みを執拗に撫でて。
やっぱり何かあるのか。このままじゃ、メガネも握り潰しそうだ。
「だから厄介なのよ」
静かだけれど、怒りを溜めていくリナを見て、またしてもミントが顔を伏せる。
話すほどにミントはなぜか自責の念に苛まれているようだ。
多少の気まずさに額を掻いていると、トントンと部屋の入り口付近を叩く音がした。
誰かが訪れたみたいだ。
「どうも、私は歓迎されていないようですね。まぁ、立場上仕方がありませんがね」
首筋がひりついてしまう。
穏やかな声で、丁寧な口調なのかもしれないけれど、全身に負っている傷が疼いてしまう。
ただ、声がしたときにリナは顔を背け、舌打ちをしているのを見逃さなかった。
リナの態度を不審に思いつつ、視線を移した。
「ーーっ」
ーーっ。
咄嗟に体が反応してしまう。
ベッドの上で膝を着き、身構えてしまう。
武器も持たないけれど、そばに何か落ちていないか探ってしまう。
「なんで、お前がここにっ」
声が上擦りそうになった。
部屋の入り口付近で壁に手を当てて立っていたのは男。
以前、牢屋に不意に現れて話した男。
「お前…… ワシュウ?」
そんなことはない。
早く動かないと。




