第四部 第二章 7 ーー 祭りの傷痕 ーー
二百二十三話目。
話がしたいものね。
7
何かレイナは揺さぶられるものがあったのか、足取りは少し強く見えてしまう。
今度は私がレイナの後を追う形で祭壇のある場所に向かった。
でも不謹慎ではあるけれど、ちょっと嬉しくなった。
これまでリナと旅をしていると、リナに注意されたり、諭されたりしていたけれど、それを今、レイナにしている気分であった。
何も知らない子供に一つ一つ物事を教えているみたいで。
そんなことを秘めながら歩いていると、通路が開けた。
その片隅に潜むように祭壇は設置されている。
周りの建物により、影に潜んでいて、より陰湿な雰囲気を漂わせていた。
祭壇のそばに近づくと、もう何年も使われていないのか、木製の祭壇は至るところが朽ち果て、捲れたりしていた。
すでにこの祭壇は役目を終えているのか。
いえ、そうでもないみたいね。
ちょっとした安堵感は、視線を上げたときに、一気に消えてしまう。
祭壇の壇上に二本の剣が中央に突き刺されていたのだけれど、剣は真新しく、太陽の光を浴びて煌々と反射していた。
刃が光を放つことで、その役割を物語っていた。
それは……。
「もしかして、あれで?」
「だと思うよ。あれでね」
明確に言うことは躊躇してしまうけれど、話を察したレイナの表情が曇った。
上手く答えられずに黙っていると、レイナは寂しげにじっと祭壇を眺めていた。
「なんで人の命を大見得切って奪おうとするのかしらね」
「さぁね。さっき言ったけれど、歴史に対しては今の私らには何も言えない。実際、死者を弔うために生け贄を生まずに、祭りを行っている町や村もあるわけだしね」
「それって、やっぱり当時の戦争が原因ってことなのね……」
「それだけじゃなくて、“テンペスト”も影響しているんでしょうけどね。人柱を捧げることで自分たちは守られるって」
「……言葉が出ないわね」
でも仕方がない。
逆らえないのよ。例え腹立たしいことを突き詰められたとしても。
「行きましょ。ここにいても辛くなるだけでしょうし」
できるだけ平静を装い、祭壇に背を向けると、この場を立ち去ろうとした。
住民に不審に思われるのも面倒なので。
数歩離れたところでふと足が止まる。
レイナが隣にいない。
振り返ると、レイナは一歩も動いておらず、じっと祭壇を眺めていた。
名前を呼ぼうとしたとき、不意にレイナは振り返った。
その目は何かを訴えているように強く。
「ねぇ、なんとかならないの?」
揺るがない眼差しから、多少の予想はしていたのだけれど、問われた瞬間にすぐさまかぶりを振る。
それでもレイナは動こうとしない。仕方なくそばに戻ると、レイナの腕を掴んだ。
「祭りには町それぞれの事情があるの。だから関わらない方がいいのよ」
「でも、誰かが犠牲になるんでしょ」
「まぁね。でも、それに関わるわけにもいかないのよ」
命を堕とすことに何もできない空虚感は否めない。
でも、事情はそれぞれ。
正直なところ、首をつっこむのは得策じゃない気がする。
それなのに、レイナは腕を引っ張るにも、その場から動こうとしない。
「何? どうしたの?」
どうも、祭壇に固執しているみたいに見え、首を傾げた。
するとレイナは額を押さえた。
「なんなんだろうね。でもなんか気になってしまうのよ。どうにか助けたい。なんでなんだろう……」
自分でも困惑しているのか、執拗に瞬きをするレイナ。一瞬だけれど、以前に見た表情に見えてしまう。
物事に怯えていたエリカに。
もしかすれば、祭壇を見て、彼女の意識が影響を与えてしまっているのだろうか。
疑念が強まるなか、レイナは悩んで額を手で押さえた。
「気にしないで。ちょっと衝撃が大きかっただけよ。そう、大丈夫だから」
できるだけおどけてみせるけれど、レイナは拒むように激しくかぶりを振った。
「なかにはテンペストを鎮めるためって話も聞いた。だから、私はどうすることも……」
「……違うの…… その生け贄、戦争とか、テンペストとか、そういうんじゃないの。きっとこの祭り…… 根本的なことは、私が原因なのかもしれない」
一瞬エリカが目覚めたのだ、と疑ったけれど、そこにはまだレイナがいた。
卑屈になっちゃいけないんだろうけど、やっぱ辛いよな。




