第四部 第二章 6 ーー 日常とは違う日常 ーー
二百二十二話目。
アネモネ、今は何をやっているんだか……。
6
レイナが目を覚まして数時間が経とうとしていた。
思いのほか体に異常はなく、平然と歩く姿に多少驚かされもした。
「……ごちそうさま」
私とレイナは鍵を開いた忘街傷を離れ、近くにあった小さな町に寄っていた。
町にある飲食店で食事をすることにしていた。
けれど、料理を食べ終え、手を合わせるレイナは、空になったお皿を不思議そうに眺めていた。
「どうしたの?」
「うん。なんか、お腹は一杯なんだけどね、なんか引っかかっちゃうんだよね。これでいいのかなって」
「何、変なことを言ってんのよ。その細い体でまだ食べようとしてんの。冗談でしょ」
どこか物足りなさそうにするレイナを諭し、お茶を一口飲んだ。
それでもどこかレイナは物惜しそうにしている。
「ーーで、エリ…… 姉さん、これからどうする?」
つい言葉に詰まってしまう。
正直、“レイナ”と呼ぶのか未だに悩んでしまう。
見た目はエリカであって、意識はレイナ。
レイナはアイナの姉……。
どうするべきか、コップを口に当てながら、言葉に詰まってしまう。
やっぱり、姉さんと呼ぶべきかもしれないけれど。
実際、リナも「姉さん」と呼んだことはないから変な気分。。
まぁそれはリナとは友達感覚でいたからかもしれないけれど。
だから急に「姉さん」と呼ぶのも恥ずかしい。
「無理しなくてもいいわよ。普通に「レイナ」って呼んでくれていいわ」
こちらの動揺を見透かされたのか、コップに手を伸ばしたレイナが言う。
そう、と素っ気なく返事をしてみせたが、内心安堵してしまう。
よかった……。
それなら私も話しやすい。
「でも不思議ではあるけどね。こうしてここにいることは」
「それはお互い様でしょ」
「まぁね」
不思議なのは私も自覚している。
だからこそ、こうして飲食店で寛ぐことすら、本来ならばあり得ないことだろうから。
ちょっと懐かしくもあった。昔なら、リナとこうしてよく休憩していたものだ、と。
「ねぇ、そういえば、町の外れに祭壇のような物があったけれど、あれってなんなの?」
窓の外を眺めていたレイナが、不意にこちらに顔を向けて聞いてきた。
疑いのない眼差しは無垢な好奇心に溢れていた。
子供みたいに光っていたけれど、私はつい目を背けてしまう。
どうしたの? と訴えるレイナを横に、周りのテーブルど寛ぐ客の姿を眺めた。
私らの会話に耳を傾ける者は…… いないわね。
さて、ここの町はどっちなのかな……。
「じゃ、そろそろ出ましょ」
半ば強引に話を切ると、私は席を立った。
「何、急に?」
事情を知らないのか、戸惑い続けるレイナを無視し、店を後にした。
何か気に障ることを言ってしまったのか、とレイナは飲食店を出てからずっとうつむきながら私の後を追っていた。
まだ一言も発していない。
辺りに人通りがないことを確認し、ようやく足を止めた。
「ごめん。驚かすようなことして」
そこで振り返り、明るい口調で話すと、急に態度を変えたことに驚いたのか、レイナは目を見開いた。
「なんか、祭壇のことは人のいるとこで話すのは危険だしね」
「危険って何が?」
ーーえっ? と耳を疑ってしまう。
正直、店で祭壇を話題にしたのは私を試すため、と疑ったけれど、そうではなく本当に驚いているようだ。
「祭りのこと、もしかして知らないの?」
「祭り? 何か楽しいことでもあるの?」
本当なの?
思わず耳を疑ってしまう。
できる限り、人通りの少ない通路を選んで歩き、祭りについてのことを一から説明した。
町の生い立ちによって、捉え方が違うこと、そこに“生け贄”という悲惨な儀式も残っていりことを。
確か、エリカもその生き残りだったわよね。
でも、それは話す必要はないか。余計な心配を増やしたくはないし。
「そんなことが……」
本当に知らなかったのか、レイナは驚愕し、震えを堪えるように、自分の体を抱きしめた。
話を聞いただけにすれば、異様に怯えているように見えた。
早くここを出た方がいいかな。気まずさに前髪の三つ編みわ触っていると、レイナは顔を上げる。
「ちょっとその祭壇、見てみたいわね」
それまでにない強い力が眼差しにこもっていた。
まぁ、それは大丈夫だって信じておこう。




