第四部 第二章 5 ーー 己の存在 ーー
二百二十一話目。
アネモネ……。
なんだろ、大丈夫なのかな。
5
どこか肯定してくれるレイナに体が強張ってしまう。
「誤解しないでね。それは多分、あなたがあなた、だからよ」
「それって私がアイナじゃないからダメッてことなのっ」
自分の未熟さを晒されているようで、すぐさま抗ってしまう。
「だから誤解しないで。あなたを否定しているんじゃないの。あなたがアイナになろうと焦るからこそ、空回りをしている。そんな感じだと思うわ。それとね、これもわかってね。彼女のように、自分の意思を壊そうとしていることは悲しいことだってこともね」
そこでレイナは胸に手を当てた。きっとエリカを指しているのでしょう。
「じゃぁ、私自身が消えないといけないってこと?」
やはり、私が否定されているみたいで辛い。
「いいえ。それも違うわ。絶対にね」
「じゃぁ、なんで? なんでアイナは私の前に出て来るの。彼女はなんでまだ現れるの?」
不安を和らげようとしてくれるレイナをよそに、声を荒げずにはいられない。
じゃぁ、なんで……。
なんであんな幻を見せるのよ。なんでリナが死んでしまうような場面……。
「……きっとアイナ自身、心配しているのでしょう」
困惑で倒れそうななか、レイナの口が開く。
「きっとアイナは、あなたがそうして悩んでいることに気づいている。それが辛いのを伝えたいんじゃないかな」
「それって私を思って……?」
「えぇ。きっとあなたは責任感の強い優しい子なのね。だから、悩んでしまう。それにアイナは気づいているのよ。あの子も優しいから。それにその気持ちは私にもわかるわ」
と、またレイナは胸に手を当て、少し考え込んでしまった。
私が悩んでいる…… 私の悩みって……。
「じゃぁ、あなたはそれを私に伝えるために現れたの?」
素朴な疑問。
もしそうならば、とてつもなく自分が情けなく、惨めになってしまう。
けれど、聞かずにはいられない。
すると、レイナは力なくかぶりを振る。
「残念だけど、それとこれとは話が違うわ。私の場合、彼女が傷つき、意識が保てなさそうだったから現れただけ。本来ならば、出るつもりはなかった。そうね、私は彼女を助けるために現れたんだと思う」
「それじゃ、私はついでってことなのね」
「そんな卑屈にならないで。きっと私がこうしていられる時間は限られているはず。そこであなたに出会えたのは奇跡と捉えるべきよ」
「あなたも優しいのね」
なんだろう。
レイナと話していると、心が落ち着いていく。最初はエリカだと感じていたのに、髪を束ね、雰囲気が変わったとはいえ、なぜか顔を見ていると安心してしまう。
リナとはまた違う。
リナは私の前を堂々と歩き、怖いものにも臆せず向かい、先導する勇敢さに救われていたけれど、レイナはそばに寄り添い、心を宥めてくれる。
そんな感覚があった。
やはり姉さんだから……。
「ちょっと気持ちは軽くなった。ありがと」
自然と頬が緩んだ。
「気にしないで。私にできることは話を聞くことぐらいだから。それに」
「それに?」
「そもそも、私という存在は、今にあってはいけないものだろうから。きっと、私が出ることで、あなたにも彼女にも迷惑をかけるはずだから」
「そんなことないでしょ」
「いいえ。私はきっと消えないといけない存在なのよ」
レイナは笑った。
その存在を嘲笑する姿は、とても辛そうに。
だから何も言えなかった。
どうしたんだろ。
僕もちょっと不安になってきた。




