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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第二章  4  ーー  無理なんて  ーー

 二百二十話目。

   やっぱり私、アネモネに会いたいわね。

    なんか、より強く思っちゃう。

            4



 髪を束ねたレイナは、体の凝りを解すように首を回し、腕を伸ばしていた。

 それこそ朝、目覚めたように。


「何かあったの?」


 よそよそしさや脅えみたいなのがまったくない。

 本当にエリカの雰囲気のなさに圧倒されていると、唐突にレイナは聞いてきた。

 私は驚きで目を伏せ、視線を泳がせてしまう。


「なんで、そんなことを聞くの?」


 動揺を悟られまいと胸を張り、平静を装ったけれど、頭上で腕を伸ばすレイナの眼差しは私を硬直させる。

 叱責されているわけでもないのに、何か罪悪感に苛まれ、逃げるように体を反転させる。

 ふと鍵に刺された大剣を眺めてしまう。

 隠すのは無理なのかな。


「……自分はちゃんとできているのか、不安になってきたのよ……」


 大剣を眺めていると、弱々しくでもあるけれど、なぜかこぼしてしまう。

 弱音を吐くみたいに。

 何、弱気なんだろ……。

 どこか恥ずかしくなって、笑ってごまかそうとしていると、振り向いた先のレイナは、意外にも真剣な表情をしていた。

 声が出てしまいそうなほど、驚いてしまう。


「ねぇ、あなたは何を求めているの?」


 驚愕する私をよそに、レイナは静かに問いかけてくる。


 ……何を望む……。


 それって、鍵を開いていくことを指しているの?

 唇を噛んで考え込み、しばらくして口を開いた。


「それは意思を貫くだけよ」


 これだけは迷わず言わなければいけない。

 ただしレイナは返事してくれない。

 すぐに返事してくれた方が安心できるのに。

 黙っているからこそ、居心地が悪くなっていく。

 重苦しい沈黙が流れそうになっていると、


「……無理をしているのね」


 沈黙の間、目尻を上げて責めているようなレイナの目が緩み、柔らかく言われた。

 でも髪が強風になびくような衝撃ほどの勢いがあり、つい目蓋を閉じてしまう。

 すぐに目蓋を開くと、変わらずレイナの穏やかな姿が迎えてくれた。


 無理をしている?


 そんなことはないはず。

 自分に言い聞かせるのに時間がかかってしまい、反論することが遅れてしまう。


「そんなことない。別に無理なんかしてない」


 ここで負けては認めてしまうのと同じ。

 絶対に引き下がれず、強く言い切った。

 それでもレイナは動じず、こちらをじっと見ている。


「なんで、そんなこと言うの? なんでっ」


 認めたくはないから、声を震えそうになる。

 反論するけれど、やはりレイナには通用せず、まだ私を見ていた。

 気づけば手に力が入って強く握っている。


 なんで……? 逆らえない。


 リナとケンカしたときなんて、簡単に文句は出てくれていたのに、今は出てくれない。

 姉さんには逆らえない気がした。


「なんだろ、あなたを見ていると、どこか辛そうに見えてしまったのよ」


 心配してくれる一言が諦めになったのかもしれない。

 伏せていた顔を上げていた。


「……わからなくなってきているのよ……」


 本音がこぼれる。


「わかってる。私はアイナ。だからアイナの意思、星のために動こうと決めてる。でもね……」


 そこで言い淀んでしまった。

 急に先ほどのリナが横たわる姿が頭をよぎり、口を噤んでしまった。


 話すことが怖い……。


「私はアイナの生まれ変わり。だから、意思や苦しみも共感してるつもり。でも見えないのよ」


 手の平を眺めてしまう。何かがこぼれてしまいそうで。


「見えない?」

「うん。先のこと、未来が見えなくなってきたのよ。最初に鍵を開いたときは、よく未来が見えてた。でも最近、それがない。未来を見ることで動くんだと思ってた。だから怖いのよ」


 見えるものがさっきみたいな、寒気に襲われる幻だけ。

 それが怖かった。


「助言、ってわけじゃないけれど、アイナだって見ようとして未来を見ていたわけではないわ。

 夢を見るみたいにふと、見えるって言っていたわよ。だから気にすることはーー」

「わかってるっ。けど怖いのっ」


 励ましてくれてるんだと痛感している。けれど、辛さで叫ばずひないられなかった。

 こんなのただの八つ当たり。

 でも抑えられない。


「そう。でもそれは仕方がないかもしれないわね」

 やっぱ、心配なんだよ、絶対に。

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