表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

219/352

 第四部  第二章  3  ーー  目覚めたとき  ーー

 二百十九話目。

   なんか私たちって、忘れられたみたいで寂しいわね。

            3



 ミサゴ以外に誰かいただろうか。

 と疑念が深まる直前にハッとして視線を横に移す。

 ……嘘でしょ?

 石柱に凭れて眠っていたエリカが、首筋を擦りながら、こちらを不思議そうに眺めていた。

 なんだろう。胸が熱くなっていく。

 落ち着いて、落ち着かないとね。

 これまでずっと眠っていたこともあり、安堵より驚きが強かった。


 お早う。

 目、覚めた?


 ちょっとは茶化したことを言ってみようかな、と迷っていたけれど、上手く話すことはできない。

 なぜなら、髪を撫でている姿は、以前に見たエリカとはどこか雰囲気が違うから。

 なんだろう、不思議な落ち着きを払っている。


「ようやくお目覚め?」


 戸惑いが邪魔をしてしまい、茶化すつもりが多少皮肉っぽく言ってしまった。


「まぁね。確かにちょっと寝すぎていたかしら」


 なんだろ。変な感じがどうしても拭えない。どうも、私が知っているエリカとは違う気がしてしまう。

 今もエリカは堂々としている。やはり臆さない姿には違和感がある。

 それとも、私が緊張してるの?


「未来は見えた?」


 エリカの影に見える違和感を探っていると、髪を押さえながら唐突に問いかけてきた。

 まっすぐな眼差しを私に向けて。


 嘘……。

 ……でも……。


「……まさか、姉さん?」


 疑いが消えたわけではなく、声が上擦りそうになる。

 すると寂しげに目を細める。

 本当に?


「不思議なものね。まさか、こんな形であなたと出会うなんて」


 エリカは懐かしむように笑う。

 信じないといけないの?

 こんなこと……。

 でも……。

 でも、心が痛んでしまう。きっとエリカ、いや姉さんは、私にアイナを見ているんだと。

 包み込むような眼差しに罪悪感が生まれ、目を逸らしてしまう。


「……ごめんなさい。今の私は明確に言えば、“アイナ”ではないわ。彼女の記憶、思想なんかはすべてわかる。けど意識は私、“アネモネ”なのよ」


 改めて言葉にしてみると、不思議である。

 自分のなかにもう一人の自分がいる。

 そんな感じ。

 きっと、多重人格とはこれに似ているのだろうけれど、“アイナ”の意識は私のなかにいない。


「……ごめんなさい」


 変な罪悪感は拭えない。

 どこか、自分を否定しているようで。

 特に、姉さんがアイナを求めているのならば。


「でも、本当に姉さん…… レイナなの?」


 エリカにない雰囲気なのだけど、つい疑ってしまう。

 すると唇を噛んで深く頷いた。


「私の場合は、本当に私だけどね」


 と自分の胸に手を当てる。

 

 姉さんの意識がある。


「じゃぁ、エリカは? 彼女の意識は? 共存しているの?」


 当然の疑問。

 私とは多少の立場が違う。それでも気がかりになった。


「……まさか……」

「大丈夫。彼女は生きているわ。ここに」


 と胸に手を当てた。


「……私は表に出るつもりはなかったわ。できればその方が彼女にとってもいいはずだから。でも、彼女にとって支えであった人から離れることになって、それで心が保たなくなったのね。それで私が」

「じゃぁ、エリカは?」

「今の彼女は心の奥底に眠っている。そうね、心のなかに花の蕾があるの。そこに彼女は包まれ眠っているの。今はまだ目を覚ましそうにないわね」

「ーーそう」


 安心していいのよ、ね。

 複雑な思いに襲われ、髪を乱してしまう。


「じゃぁ、今のあなたはやっぱり姉さん、なのね……」

「戸惑うことはあるでしょうね。でも実際はね」


 思わず頭を抱えてしまった。セリンから多少の事情は聞いていたけれど、目の前で伝えられると、胸をすくうものは違う。

 エリカ……。 

いえ、レイナは事情を話し終えると、落ちていた様子で髪を撫でていた。

 私のなかにあるアイナの記憶がざわついている。眼前の彼女は、“レイナ”であると訴えるように。

 だからなのか、私も悪い気分にはならなかった。


「ねぇ、髪留めってある?」

「あ、うん。あるけど……」


 反射的に持っていた髪留めを渡した。すると、レイナは慣れた様子で髪を束ねた。

 レイナの額を見ると、そういえばエリカが髪を束ねていたところを見ていなかったので、新鮮であった。

 何より、これでエリカと区別できそうだ。

 別に忘れられたわけじゃないだろ。

 でないと、ここの出番もないって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ