第四部 第一章 7 ーー 人の心に竦む ーー
二百十三話目。
自分の出番がないのって、確かに暇ね。
暴れる?
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ツルギは重い一言をこぼすと、剣を鞘に戻して腕を組んだ。
空気は重いはずなのに、剣先から解放され、多少は気が緩んでしまう。
「キョウとやら、今、この世界で人々を支配しているものはなんだと思う?」
「……支配?」
唐突に問われ、頭のなかがまだ整理できない。
それは“蒼”ではないのか、と浮かぶけれど言葉は喉を通ってくれない。
「わからないか。まぁいい。では答えよう。それは“恐怖”だ」
明確な人物や、組織を想像していたので、ツルギから出る曖昧な言葉に眉をひそめてしまう。
「ピンとこないようだな」
気持ちを見透かされ、口を噛むが、返す言葉がない。
「では、その一部が“テンペスト”だと言えば、理解できるかな」
「ーーテンペスト?」
「少し昔話になるが聞いてくれ。俺が子供のころ住んでいたいた町の話だ。そこは頻繁にテンペストの被害を受ける町だった。「なぜ?」と問われれば、それは日頃の行いが悪かった、と答えるのがしっくりくるだろう。きっと同じ質問をヒダカらに聞いても、同じことを言うはずだ。奴も俺と同じ町出身だからな。まぁ、それはいい。だから昔はその町も頻繁に祭りを行っていたんだ」
……祭りって…… まさか……。
少なからず反応してしまった。
するとツルギの口角が上がる。
「もちろん、そのたびに住民から“生け贄”を選出することになった。特に女、子供が犠牲になることが多かったな」
「……なんだよ、それ」
「もちろん、祭りのあり方に疑問を挙げる者もいた。祭りを否定する者も。だが、誰もが祭りを行うことで、「自分たちは大丈夫、守られている」と信じていたんだ。逆らえなかったんだな」
「逆らえないって、権力者でもいたのか?」
そこでツルギは黙り、僕をじっと見据えてきた。
「町に権力者はいなかった。町民を束ねる町長はいても、町を思い、憂う人格者だった。権力を振りかざしてなんかいない。それよりも厄介な存在があった。それが“恐怖”だ」
「恐怖?」
「そうだ。目に見えない恐怖は、人の心に忍び込み、気づかないうちに体を蝕んでいく。そして恐怖に支配された住民は、テンペストという目に見える脅威から、恐怖から逃げたくて、解放されたくて祭りを行った。そして、数多くの犠牲を生んだんだ。
それでどうだ? テンペストは消えたか? 否っ、テンペストは消えなかった。
犠牲者だけが増え、恐怖だけが人々の心に竦んでいるんだ。それは今になり、俺の町だけでなく、世界に広がっている」
テンペストに対する恐怖。
祭りの犠牲者。
話を聞いていると、確かに胸を締めつけるものがある。
……これが。
「あえて言おう。“テンペスト”はなくならないっ」
「ーーなっ」
ツルギは力強く断言し、右手を真横に強く振り切った。
潔い? いや、重大な断言に耳を疑ってしまう。
「そんなの、祭りを行っている町にしてみれば、本末転倒じゃないか」
「いいか。確かにテンペストとは魔物みたいなものだ。町を襲い、すべてを呑み込む。その対抗手段もない。だが裏を返せば、生け贄を生むことは無駄ではないのか。そんな命を粗末にすること。それこそ命に対する冒涜だろう」
「でも、人はそれでも祭りに頼ってしまうんだ」
「そうだ。それこそ、“恐怖”に人は支配され、愚行を犯してしまう。だからこそ、その恐怖に打ち勝つための手段が必要なのだ」
と、振りかざしていた手を前に戻し、拳を握った。あたかも手の平にあった物を握り潰す素振りで。
「人は強い心を持たなければいけないんだ。テンペストが起ころうとも、臆しない強い心、生け贄に頼らない強い心を。だが、今のままではダメだ。今は人がバラバラとなっている。だからこそ、人を束ねる必要があるのだ。テンペストは怖くない、と向き合える人々に」
「だから、人々を統率……」
「そうだ。そのため、“蒼”は組織だって動いている」
やめてくれ。
エリカみたいに文句を言われると、疲れる……。




