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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四部  第一章  6  ーー  実力差  ーー

 二百十二話目。

   なんか、嫌なことに巻き込まれなければいいんだけど……。

            5



 次は?

 右?

 それとも左?

 くそっ。

 考えが指の先に伝わるのにブレがあるっ。追いつかないっ。

 考える暇さえ与えてもらえない。


「ーー遅いぞっ」

「ーーっ」


 嘲笑うようなツルギの声に反応し、剣を頭上に構えた。

 刹那、岩みたいな重い衝撃が刃を通じて全身を歪ませる。

 声と同時にツルギが襲いかかり、剣を振り落としていた。

 またしても間一髪、受け止めた。

 リナが恐れているのも理解できる。ツルギは体格もよく、太い筋力から繰り出される力がとても重い。

 一度受けるだけで、衝撃は足の裏にまで突き抜けていき、全身を痺れさせた。

 それでいて俊敏に動き回るツルギ。

 その体格には似つかない動きについていくのがギリギリであり、体が悲鳴を挙げている。

 くそっ、なんなんだよ、これっ。


「なんなんだよっ、これはっ」


 筋肉が悲鳴を上げるなか、剣を振り払って怒鳴った。

 ツルギはすぐに体勢を整え、軽いステップを打つようにして間合いを取る。


「なんなんですか、これはっ。遊ばれていると腹が立つ。ふざけるなっ」


 思わず叫ばずにはいられなかった。


「腹立たしいか。そうだろうな。だが、それはお互い様だ。だからその苛立ちをぶつけさせてもらっている。と言えば納得、いやより腹立たしいかな?」


 明らかに僕をおちょくる喋り方で、手にしていた剣をグリップの部分でクルクルと回して余裕を決めている。

 人をバカにする姿に一矢報いたく、一歩踏み出そうとしたとき、右手に握っていた剣が地面に滑り落ち、音を響かせる。

 釣られるように僕は膝を着いてしまうと、咄嗟に右手首を掴んでしまった。

 何度も攻撃を受けていたからか、痺れで力が入ってくれない。


 言い訳はしたくない。


 けれど、鉄格子にぶつかった痛みも重なって、立ち上がることができない。


「その程度の実力で、我々の悲願を邪魔するとは。まったくもって腹立たしい」


 なぜ憤慨されなければいけないのか、まったくわけがわからない。

 腹立たしいのは僕だ。


「ーーと、君を茶化すのもこれまでにしておこうか」


 苛立ちが高まるなか、ツルギは急に穏やかな口調になると、構えていた体を伸ばした。

 それでも剣先をこちらに向ける態度から、まだ命を狙われていることに変わりはない。


「しかし、その右肩。負傷した状態でこれだけ機敏に動けることだけは褒めておこう。アカギと一瞬でも対峙できたことも頷ける。

 まぁ、まだ感情で左右される荒さはあるが、それは伸びしろと捉えてみれば問題ないか」


 剣を睨み続けていると、ツルギは左手で顎を擦りながら、自問するようにブツブツと呟いていた。

 余裕の現れなのか、警戒はしていない。

 悔しいけれど体が疲労で動いてくれない。

 それに剣はまだ僕を捉えている。動くのも危険らしい。


「どうだ? 君も我々の仲間にならないか?」

「ーーつ?」


 突如、突拍子のない言葉が放たれ、眉が歪む。

 いつしか、ツルギの表面から含みはなくなり、真剣な眼差しを向けてきた。

 冗談か挑発か。

 それとも本気なのか掴めず、唇を噛んでツルギを睨んだ。

 もちろんふざけられない。

 冗談を言えないほど逆らえないのも事実。さっきから手の平の汗が止まってくれない。


 どうするべきなんだ?


 この闘技場には僕とツルギだけ……。逃げることはできない。

 どんな返事をしたとしても、危うさがあるだけ。

 慎重に返事を選べ、と心のうちから警告が止まらず、激しく胸を叩いている。


「それって、調子がいいじゃないですか。それこそ、僕はあなた方の目的を知らない。それなのに勧誘? それは違うんじゃないですか。今のあなたの態度、どちらかといえば、服従しろって命令ですよ」


 ったく、情けないな。これじゃただの負け惜しみだ。

 でも、これ以上強く言えない。


「我々の目的? ふむ。確かにそれを伝えず勧誘するのは不公平だな。そうだな、我々の目的は“統率”だ」

「ーー統率?」

 負けたくない。

  強がりとかそんなの関係なく。

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