第四部 第一章 5 ーー 刺さる威圧感 ーー
二百十一話目。
私らに自由ってないの?
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牢屋を早く抜け出さなければ、と焦りが強まるなか、予想外なことが起きていた。
「どういうことですか、これは?」
息を深く吐き、声が震えるのを必死に耐えて聞いた。
少しでも気を緩めれば、威圧感で倒れてしまいそうなほど、体が緊張している。
肌が針に刺されたみたいに痛い。
「簡単なことだ。お前と一つ、手合わせしたい。話は聞いたぞ。アカギと一戦交えたらしいじゃないか。奴も手練れ。そいつと張り合えるならば、その力を見てみたい」
男が言うと、両手に持っていた剣の片方を、僕に向けて放り投げてきた。
咄嗟的に掴んだとき、男の威圧をまとっているみたいで手が震えた。
「あなたと一戦、ですか、ツルギさん……」
ツルギ。
それはワシュウが牢屋を出て行ってしばらくしてから。
入れ替わるようにして、一人の男が姿を現した。
その男が近づくにつれ、空気が陽炎みたく揺れるような錯覚を抱く。
そんな緊張感を漂わせていた。
牢屋の前に立ち、こちらに不適な笑みを浮かべていた。
また奇妙な人物が来た、とげんなりしていると、
「……ツルギ隊長……」
リナが弱々しく呟いた。
しかも、それまで強気で、誰にでも臆せず話していたリナの声がどこか弱々しい。
普段ならば「見世物じゃない」と啖呵を切っていそうなのに、すぐに黙ってしまった。
まさか、怯えてる……。
リナに名前を呼ばれた男は、不適な笑みをリナのいる牢屋に向けると、頬を強張らせた。
それは獣が獲物を捉える仰々しさがあり、目が合っていなくても、背筋が縮んだ。
「久しぶりだな、リナリア。ま、お前にも多少は言いたいことはある。だが、今はそれを話している気分ではなくてな。黙っておけよ」
「ーーっ」
恫喝にさえ聞こえた。
短い言葉であっても、心臓を殴られたような衝撃がこちらにも伝わり、息を呑んでしまう。
「……はい」
弱々しいリナの返事が壁越しに聞こえる。
反論する素振りもなければ、暴れる様子もなく、怯えみたいなまのが伝わってくる。
リナが逆らえないほどの強者。
それは力だけでなく、立場などいろいろと重なった上で、ツルギという男の存在を示していた。
だからこそ、こちらも自然と身構えてしまう。
「さて。では君はキョウというようだな。君には少しつき合ってほしいな」
無言の牽制を終えると、ツルギはこちらに体を向けた。
いくぶん穏やかに喋りかけてはいるけれど、リナのこたがある。
言葉の節々に棘があり、鉄球をぶつけられているような恐怖を拭えなかった。
逆らえない。
ずっと背筋に這うプレッシャーが体を支配している。
それだけじゃない。
見えていなくても、リナの怯えた姿が浮かんでしまい、ずっと手の平に汗が滲んでしまっていた。
牢屋を出ると、ずっと大きな背中の後を追っていた。
逃げ出す隙は一ミリもなく、黙って従うしかなかった。
そこで連れられて来たのは、屋敷とは似つかない空間に出た。
一言で例えるならば、客席のない闘技場と表すのが一番しっくりとくる表現であった。
石でできた四角いリングがあり、周りの壁に松明の灯りが点在する空間。
緊張のせいか、ツルギの姿までぼやけてしまう。
リナは屋敷と言っていたけれど、このような場所があるとなると、もう要塞だ。
これはツルギの気紛れなのか、暇潰しなのか、剣先を向けられた。
ただの余興であるならば、観客がいない。
冗談であってほしい。
しかし、鬼気迫るツルギの形相からして冗談ではなさそうだ。
逆らえず、鞘から剣を抜き、剣先をツルギに向けた。
「ーーではいくぞ」
瞬間、ツルギの姿が消えた。
ーーどこに?
瞬きをしようとしたとき、左耳に風の流れが触れる。
「ーーっ」
「ほう。やはり反応はいいみたいだ」
反射的に構えたとき、ツルギの刃が空を切り、僕の持つ剣の刃にぶつかっていた。
間一髪、受け止めていた。
「面白いっ」
牢屋を出るって、こういうことじゃないんだけどな……。




