第二章 9 ーー 亡き者を思い ーー
二十一話目。
何も悪いことなんて、ない。
9
「……なんか、気持ち悪い」
「うん。どうもきな臭さがあるよな」
金髪男らが去ったあぜ道を眺めて呟いた。
雨が降るなかで、傘を手にしながらもさそうとしない、そんな気持ち悪さがあった。
つい鼻頭を擦ってしまう。
砂埃が舞っているからではなく、金髪男らに不信感が拭えなかったから。
それはエリカも同様らしく、風になびく髪を押さえながら、遠くをじっと睨んでいた。
遠ざかる背中には怖さはないらしい。
「お前、気づいていたか? 何か理由があるのかって聞いたとき、あの年寄りが慌てて睨んでいたのを」
「うん。横の細い奴も、一瞬驚いてた」
「まぁ、僕らには関係ないけど、何かを探してんだろうな、きっと」
「あの人のことは聞かなくてよかったの?」
エリカは僕の袖を引っ張り、不安げな表情を浮かべた。
かぶりを振る。
「うん。下手に聞いて、変な疑いを持たれるのも嫌だしね。なんか雰囲気からして、ヤバそうな集団だったから」
金髪男を信用なんてしていない。
簡単にこちらのことを晒すのは怖かった。
「うん。だね。でもいいの? 最近、これと言って情報ないけど」
「まぁなぁ……」
エリカの指摘にうなだれた。頬に石をぶつけられた思いだ。
まぁ、笑ってる様子からして、エリカも半分は茶化しているみたいだけど、問題はある。
「こうなれば、お前の勘に頼るよ」
「それって嫌味?」
半分はそうである。
「と、それよりあいつを捜そう」
エリカの眉間が険しくなっていく。このままでは、本気で怒り出しそうなので、話題を逸らした。
とはいえ、ヤマトが気がかりなのは本当なのだから。
廃墟となっている町をヤマトを捜して走った。
何か見えないものに足を奪われ、倒れそうに体が重い。
ヤマトから事情を聞き、犯人と思しき人物像がわかると、壊れた町並みを眺めているだけで胸苦しくなり、静かに怒りが胃の辺りを痛めてくる。
風に舞うホコリが物言えないうねりに見える。
行き場のない怒りの矛先を、壁を殴ってごまかそうかと何度も迷っていたとき、ヤマトの姿を見つけた。
町の外れ。
住民の墓が並んでいる広場に、ヤマトは胡座を組んで座り、墓をじっと眺めていた。
背中は丸くなり、とても小さかった。
大丈夫か。
その一言がとても重い。
軽々しく言ってはいけないんだ、と喉の奥で躊躇して留まってしまう。
いたたまれなくなり、黙ったままヤマトの隣にエリカと並んでしゃがみ込むと、手を合わせた。
「情けないよね、やっぱり」
ややあって口を開いたのはヤマト。
途切れそうな声に手を下ろした。
「本当はさ、犯人を見つけたら敵を取ってやろうと思ったんだ。けど、あんなふうに集まられたら怖くて。虚勢を張るしかできなかった」
「……そっか」
「でも、犯人がどうとかじゃないんだ。人を前にして怯えてる自分が惨めだなって思ったんだ。何をいきがってんだ、ただの弱虫で独りよがりじゃないかってさ」
ヤマトは嘲笑するように頬を引きつらせた。
そんなことはない。
「ーーそんなことはない」
励ますべきか躊躇していると、横で力強くエリカが放った。
墓をじっと眺めたまま。
「本当に臆病で弱虫だったら、あいつらの前にも出て行かなかった。この町からも逃げていたはず」
エリカは力強く放った。
突然の断言に呆気に取られ、一瞬時間が止まったけれど、すぐに横を向いて横を向いてヤマトの様子を伺った。
ヤマトのキョトンとしてこちらを向いている。
またである。
昨日からエリカはまともに口を利いていない。
食事のときもゴソゴソと喋っていただけなので、ちゃんと喋れるんだとは思っていなかっただろう。
だからヤマト瞬きも忘れて固まっていた。
何せ、自信ありげな言葉とは裏腹に、ヤマトを一切、見ていないのだから。
極度の人見知りはこういうとき問題である。後始末を僕がしなければいけないのだから。
「ーーそっか」
溜め息をこぼし、どうフォローするべきか悩んでいると、ヤマトの時間動き出した。
それまでの無表情から、晴れやかに緩み、明るくなった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。励みになる。ありがとう」
清々しく笑うヤマト。
不安は消えてくれたらしい。
それに比べ、エリカはヤマトから顔を背け、途方もない方向を見て髪を執拗に撫でていた。
ったく。何を照れているのか。感謝は素直に受けておけってのに。
そもそもお前が言い出したのだろうが。
つい笑いたくなった。
そう思うなら、顔を見て言いなって。




