第四部 第一章 2 ーー 飛び込んだ先 ーー
二百七話目。
やっと、私らの出番ってことね。
2
背中から聞こえた淡々としたリナの声に、背筋に悪寒が走り、唇を噛んだ。
それは敵陣のど真ん中に入ったことになる。
虎の巣に入ってどうするんだよ。
奴らから奪うものなんて、何もないぞ。
じゃぁ、自由に動き回れないってことか? それじゃ、意味がないぞ。
ここで体を休ませるためにいるんじゃないんだから。
時間がない。
「先生が呼んでるって話だったから、それなりの待遇を期待していたんだけど、まったく、これじゃ詐欺よ、詐欺」
「なぁ、僕が捕まってどれぐらい経っているんだ?」
「う~ん、そうね、ここには二日かしら。でも、あんたが意識を失ってからは三日は経っているわよ」
……三日か。
留まっている暇はないのに。
どうも焦りが強まるほどに、あの一瞬見たセリンの顔が強く浮かぶ。
頭から離れてくれない。
鋭い眼光から放たれる威圧感は、圧倒されるものがあった。
あれが威厳と呼ぶものか。
体格のよさがより、顔を隠しているときよりも、その風格を醸し出していたのかもしれない。
冷静に捉えていると、また悪寒に襲われ、胸元を掴まれそうで身を縮めてしまう。
でも今は、そんなことを考えている場合じゃない。
セリンの姿を振り落とすように、かぶりを振って息を呑んだ。
保護する、と言っていたんだ。とりあえずはエリカは大丈夫。
だから、エリカを助けるために早くここを出ないと。
「なぁ、ここって街なのか?」
リナなりにまだ怒りが治まらないのか、壁越しにブツブツと文句が聞こえていたけれど、つい割り込んでしまう。
すると、大きな溜め息がこぼれ、
「形としてはね。ほかの町や村と遜色なく暮らしているわ。普通に旅人も来れば、商人だって交渉に来る。街の上層にね、大きな屋敷があるの。それが一種の観光になってるのよ」
「屋敷? 統治者でも暮らしてるのか?」
「……近いわね。そこには“帝”と呼ばれる者がいるみたいよ。“蒼”の総大将とでもいうかな」
帝? 王とでも言いたいのか?
「ま、私が以前いたときは会ったことないけどね。身分の違い、ってやつかな。私らは下っ端の兵でしかなかったから」
“蒼”を束ねるほどの人格者。
ある意味強そうではあるが、細身でしわくちゃな老人をイメージしてしまった。
目がくぼみ、白髪で髭を生やしている。
そんな奴なのか。
「でも、普通の街になんで“蒼”なんて危ない連中が根城にしているんだ?」
素朴な疑問が浮かんでしまう。
「言ったでしょ。「形」だって。普通に捉えたらダメなのよ。発想を逆転させるのよ。街に“蒼”が紛れてるんじゃない」
逆転の発想?
何かが引っかかる。
でも、水面から釣り上げれそうで、答えが引き上がらない。
リナも返事を待っているのか、黙っていて沈黙が流れた。
しばらくして、リナが「わからない?」と聞いてくる。
「街に“蒼”が紛れているんじゃなくて、“蒼 が街にいるのよ」
………?
やはり理解できない。
頭のなかで言葉が泳いでしまっている。結局は同じじゃないのか?
「わからない? 街の住民が“蒼”なのよ」
「……すべてが“蒼”?」
「うん。全員がね。街には宿も飲食店も、いろんな店がある。そこで働いている者含めて、すべてが“蒼”なのよ。子供たちも血縁者なの」
「なんだよ、それ」
何、呑気なこと言ってるんだよ。
今の状況、そんな場合じゃないだろ。




