第四部 第一章 1 ーー 遠退く声 ーー
二百六話目。
さて、本格的に四部の開始ってことよね。
これって、お祝いとかあるの?
第四部
第一章
1
どこかでエリカの声が聞こえた気がした。
真っ暗ななか、まるで右も左もわからず、苛立ちを延々と文句をこぼしているようにも聞こえた。
また僕に八つ当たりをするのか、と心が折れそうだ。
そんなに必死にならなくたって、文句はじっくりと聞いてやるさ。そのとき、何が食べたい? 肉か魚か? 今回ばかりは好きな物を食べればいい。
満腹になって、満足でバカみたいに笑うまでは話を聞くよ。
うん。お前の声が聞きたい。
だから、その暗闇から出てこいよ。早く顔を見せてくれ。
……エリカは暗闇から姿を現すことはない。
声だけを響かせていながら。
なんだろう、エリカの声は怒ってなんかいない……。
なんだ? 泣いてる? お前が? なんで?
エリカ…… エリカ?
……
……
「ーーエリカッ」
瞬時にして視界が晴れていき、暗闇が僕の叫びから逃げるように、遠退いていった。
ただ、晴れた視界の先にエリカの姿はない。
鈍器で殴られたような痛みが代わりにいて、眉をひそめてしまう。
視界が捉えたのはエリカの姿ではなく、岩を掘り広げたような、凹凸のある岩肌が飛び込んできた。
瞬きをしてはみるものの、なんだろ、体の自由が利いてくれず、動いてくれない。
見えているのは天井なのか?
わからないけれど、寝そべっているようで、体を地面に縫われているみたいで、すごく重い。
「……なんだ、ここ…… 牢屋?」
どこか既視感のある天井に、思い当たることが口を突いて出た。
瞬きをすると重なるものがあった。
エルナで見た牢屋に雰囲気が似ていた。
なんで、こんなところにいるんだよ……。
頭を触りたくなったとき、自分の腕が縄で縛られていることに気づいた。
縛られている…… 捕まっているのか?
自由が奪われていると理解した途端、絶望が背中を覆ってくる。
動くことすら辛くなっていく。
エリカの気配は当然ながらない。
なんで、僕はこんな場所にいるんだ……。
「……キョウ?」
そのまま現実から逃げ、瞬きを閉じかけたとき、どこかからか柔らかい女の子お声が染み込んでくる。
「……リナ?」
閉じかけていた視界に、再び殺風景な岩肌が映り込んでくる。
何度も瞬きをして、意識を手繰り寄せた。
「……なんで僕はここに?」
そうだ。ここで寝ている暇はない。
悲鳴を挙げる体に鞭を打ち、上体を起こした。
ダメだ。
それでもまだ絶望がまだ背中にいて、押し倒されそうで痛い。
「……ここって牢屋だよな。ってかリナ? どこに?」
声を出せ。
少しでも意識を保つため。己を鼓舞するのだけど、辺りにリナの姿はなく、視線を彷徨わせてしまう。
そこはやはり牢屋であった。
目を凝らさなければいけないほど周りは暗く、三方を岩の壁に阻まれ、前面には鉄格子が行く手を塞いでいる。
遠くに通路の灯りが見えるだけで、人の気配はない。
リナの声はどこから聞こえるのか?
「こっちよ、こっち」
途方に暮れていると、リナの声とともに右側の壁がトントンと叩かれた。
リナは隣の牢屋に入れられているのか。
「どうなってるんだ、これは?」
「ったく。どうなってるって、覚えていないの?」
壁越しでも、リナが頭を抱えている姿を想像できてしまう。
でも、本当に見当がつかず、頭を擦ってしまう。
「……セリンって奴が現れて、エリカを保護してるって言ったのよ」
セリン。
弱々しいリナの声は、鋭利な刃物となって、僕の胸を貫き、閉ざされていた記憶をこじ開けていく。
……そうだ。
薄暗いなかに、赤みがかった髪の男の顔が浮かんで、気持ちをえぐっていく。
「セリンッ」
堪えきれない怒りが込み上げ、拳を強く握り締めてしまう。手の平に爪がめり込むほどに。
「それで奴はそれだけ言い残して消えると、あんた、意識を失ったのよ。大分滅入ったんでしょうね、いろいろと」
微かながら、怒りに邪魔されながらも当時の光景が頭をよぎった。
「じゃぁ、その後は?」
「そのまま逃げてもよかったんどけどね。騒ぎを聞きつけたアカギらが来て、それもダメになったの。それであいつらに従ったってわけ」
「それで、牢屋?」
怒りが消えたわけじゃない。
胸苦しさが焦りを強めて体が熱い。
ただ、冷静さも戻ってくれているのか、壁に体を凭れさせ、後頭部を壁に当てた。
でも、今の状況って確かに捕まっているってことだよな。
膝元の縛られた腕を眺め、自分の立場に眉をひそめてしまう。
「……ちょっと待って。じゃぁ、ここってもしかして……」
一番大事なことは、エリカであることに変わりはない。
今だってどうすれば、ここを抜け出せるか、と焦りがある。
鉄格子が邪魔をしているけれど。
でも、それ以前に重要なことなんだと、胸の奥がざわついている。
「……ここって“蒼”の……」
本陣? いや、なんて言えばいいんだ? 隠れ処? それとも……
「そうよ。あいつらが拠点としている街、ベクルよ」
なんだよ、それ。
それに今は祝いたい気持ちなんて……。
でも、話が続くのは嬉しいよ。
では、四部もよろしくお願いします。




