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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第八章  3  ーー  安堵と狂気  ーー

 二百話目。

   これって、凄いことなの?

   私としては知らない間にだったんだけど。

           3



 そのとき、黒マントはフードをめくった。

 晒された素顔。

 辺りを警戒する横顔は、やはり知らない人物である。

 赤みがかった髪、目が鋭く、鼻筋が高い整った顔であったけれど、どこか刺々しさは漂っていた。


「急ぎましょう。ここにいるのは危険ですので」


 表情とは裏腹に、穏やかな声に疑問は確信に変わった。


 この人がセリンであるのだと。


 口元がわなわなと震えてしまう。

 どうして? どうして私を助けたの?

 今回も、それにエルナでも……。

 湧き上がる疑問は絶えないのに、言葉が喉を通ってはくれない。

 この人が私を助ける理由が見当たらない。


「……まったく。何を勝手に出てきちゃってるかな」


 怯えた目差しをセリンの背中に向けていると、狡猾な声が不気味に背中を這う。

 息が詰まるなか、横を向くと、忘街傷と思える広場にローズがいた。

 腰に手を当て、まるで私らを待ち構えていたみたいに。


「それにしても、あなたは誰?」


 ローズは声をひそめ、セリンを睨みつけた。

 白い肌に鋭い眼光が目立っていた。

 触れることすら危うい禍々しさを醸し出して。


「お前に話す必要はないと思うが?」

「何それ? 冷たいのね」


 素っ気ない態度で目を逸らすセリン。

 それを憎らしくローズは首を傾げる。

 そこで何かに気づいたのか、頬を歪め、


「あら、あなた前にも私らの前に現れた、生意気な黒マントに似ているわね。また私たちの邪魔をする気?」

「邪魔も何も、お前には関係ないことだ」

「そういうわけにもいかないのよ。私にもね」


 動じることもなく、ローズに正面で向き合い、私を庇って立ち塞がった。

 逃げる素振りを見せないセリンに、ローズの口元が歪み、大きく横に振り払われた右手にはすでにナイフが握られていた。


「返してくれない。その子を」

「ーー断る」


 ローズの問いに、セリンが即答するのと同時に、ローズの姿が消えた。


 刹那、


 セリンは急に右手を大きく振り払った。

 同時に金属の弾く音がしたとき、セリンの上方に体を丸めたローズの姿があった。

 セリンの右手には剣が握られている。

 ローズは弾かれたのか、空中で体を回転させ、地面に着地する。

 ローズが地に手を着け、体勢を直したとき、セリンがすかさず踏み込む。

 ふらつくローズに、横に振り切る。


「ーーっ」


 咄嗟にナイフで受け止めるけれど、弾かれる。

 ローズの頬が歪むとき、両手にナイフを構え直し、互いに踏み込む。


 空気が斬られる。

 音が鳴るたびに、閃光が走る。


 そんな感覚を覚えながら、二人の争いをじっと立ち竦んで眺めてしまっていた。

 蜂みたく飛び回り、隙を突いてセリンに襲いかかっていく。

 人を追い詰める表情は半笑いで、状況を楽しんでいる。

 それに対し、セリンは防戦一方なのか、ローズの突きを紙一重でかわしていく。

 ローズの口角が上がったとき、セリンが剣を上に振り払う。

 弾かれた音に、またローズは後ろに下がる。


「あまり調子に乗らないでよ」


 そのとき、ローズが声を低くする。

 それまでローズが優位に見えていたのだけど、言葉がこぼれた途端、空気が重くなる。


 立場が変わった気がした。


 ローズの舌打ちと同時に構え直すと、右手には指の間に挟む形でナイフの数が増えていた。

 もう一度、舌打ちをこぼしたとき、ナイフはセリンに飛びかかる。

 すぐさまセリンは剣を軽々と回し、ナイフを弾き落とした。

 それはその場で素振りをするみたく軽快な姿で。

 ナイフがすべて地面に落ちていった。

 最後にセリンは剣先をローズに向ける。

 確かに早いよな。

   僕もここまでとは思わなかった。

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