第二章 8 ーー ある行為 ーー
あれ、私って喋ってない?
二十話目だよね?
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まだ捕まってなんかいない。
それなのに緊張が震えさえも奪い、手の爪の先まで熱を失う。
足の裏からは、地面の冷たさが異常なほど伝わってくる。
金髪男は少し距離を保ったまま、ヤマトと対峙した。
ヤマトも身構えている。
「君の言う通り、その者たちは私の部下かもしれない。部下のその愚行は私の責任でもある。本当に申し訳ない」
目を疑った。
金髪男はそこで頭を深々と下げたのだった。
「人の命を奪う。それは頭を下げて許されることではないことは重々承知している。それでもできるだけその怒りを鎮めてほしい。申しわけない」
「……あんた、正気か?」
こいつ、見るからに隊長なんだろ? そんな簡単に……。
思わず震えた声がこぼれてしまった。
「あんた。それこそ確証はないんだろ、それなのに」
「そうです、隊長っ。頭を上げてくださいっ」
金髪男の肩を持つ気もないし、ヤマトを疑う気もない。
けれども、迷わず頭を下げる姿に驚愕してしまう。
当然ながら、周りにいた男たちも騒然とし、金髪男に焦っていた。
「構わん。黙っていろっ」
騒ぎ出す男たちに、金髪男は頭を下げたまま一蹴する。すると、それまで騒いでいた男たちに静寂に包まれる。
肩透かしもいいところだ。僕らの方が危害を受けると覚悟していたから。
ただ、本当は納得していないのか、怒りや疑念でヤマトを捉えている。
緊張が解けることはなかった。
「バカにするなっ」
このままでは緊張の糸がいつ途切れてもおかしくないなか、破裂したのはヤマトだった。
「そんなことで許せるわけがないだろっ。お前がそうやって頭を下げるだけで…… 何人の人が殺されたと思うんだっ」
「小僧、いい加減にしろっ」
ヤマトが感情を爆発させていると、年配男が我慢しきれず一蹴する。
「こちらが大人しくしていれば、調子に乗るなっ」
「うるさいっ。ふざけるなっ」
刹那、年配男が剣を抜き、剣先をヤマトに向けた。
ヤマトは負けじと虚勢を張り、年配男を睨んだ。
象に蟻が歯向かったって無謀なだけなのに……。
でも、ヤマトはやりかねないほど危うい。
すぐさま腕を横にを伸ばし、体を制した。
まったく、怖いはずなのに体が動きやがる。
さて、エリカと二人。どう守るべきか……。
恐怖が意識を狂わせ、笑いそうになっていると、唐突にヤマトが背中を向けてしまう。
そして、その場から草むらへと駆け出してしまった。
おいっ、と声をかける隙もなく、ヤマトは姿を消してしまった。
なんなんだ、くそっ。
ヤマトがいなくなった後も、しばらく金髪男は頭を下げ続けていた。
「早く剣を仕舞え。そうした素振りが誤解を生むのだ」
「ーー失礼」
金髪男が制すると、年配男は逆らうことなく剣を鞘に収めた。
ややあって金髪男は顔を上げる。
「君たちにも迷惑をかけた。すまなかった」
「……いや、僕らは別に」
金髪男がこちらを見たとき、エリカはまた身を縮めて隠れた。
金髪男に威圧感はない。
ずっと穏やかに接してくるのだけれど、その丁寧な態度にも、周りの男たちが従っているのが逆に恐怖となって逆らえない。
目に見えない威厳か何かがこいつの背中にあるのか?
金髪男は再び馬に乗り上がった。
「よし、行くぞ」
もう用事が済んだのか、周りの者を束ねていく。
「あ、あの」
馬の手綱を引き、動き出そうとするのを引き止めてしまった。
「あの、この町に何があるんですか? その、前に襲ったのがあなた方の仲間なら、今もう一度あなたたちが来てる…… この町に何かあるんですか?」
気まぐれで町を潰すなんて横暴でしかない。自然と口が開いていた。
「そう疑われても仕方がないね。だが、この町に固執しているわけではないんだ。本当に偶然。申しわけないんだがね」
流暢に説明している表情に嘘を言っている様子はない。
悔しいほどに。
「じゃぁ、何か理由があるんですか? 何かを探しているとか」
ちょっと踏み込んでみた。
けれど金髪男は動じず、クスッと頬を緩めるだけ。
「悪いね。これ以上は答えられない。ここからは我々の話なのでね」
上手くかわされてしまった。短い前髪を流すように。
「ーーよし、行くぞ」
金髪男は年配男らに声をかけ、馬をさばくと反転して、馬を走らせた。
周りにいた男らも後を追って馬を走らせる。
瞬く間に馬の足音は遠くなり、砂埃だけを残して去ってしまった。
話し出すきっかけはあったと思うぞ。
じゃぁ、次にでも喋りな。




