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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第八章  2  ーー  助けて  ーー

 百九十九話目。 

    さて、私の出番はあるのかしら?

           2



 目の前で知っている人の命が奪われるのは、想像以上に強く恐怖に襲われてしまう。

 もう私は助からないんだ、と、タカクマの倒れたときに衝撃が全身に走った。

 最初に入れられていた牢屋から、タカクマを置いて移動させられた。

 私は助けることもできなかった。

 結局、別の場所に押し込められたけれど、形は何も変わっていない。


 キョウ……。


 もう言葉も出てくれず、灯りの届かない牢屋の隅に、膝を抱えて膝に頭をうずくまらせていた。

 目を閉じるのが怖かった。

 目を閉じてしまえば、そのまま暗闇に落ちて消えてしまいそうで。

 だからじっと鉄格子の先にある、微かな灯りを眺めていた。目が痛くなりながらも。

 それなのに、息を呑むたびに鼓膜の奥から湧き上がるものがあった。


 ーー大丈夫、大丈夫だから。


 あの日、祭りが行われようとしていた日、怯える私に隣で必死に声をかけてくれたキョウの声が。

 空耳だと痛感しつつも、声にすがりたくなり、目蓋を閉じてしまう。



「臆病者と言われて、なんで怒らないの?」

「……なんか、誰かを傷つけるってのが苦手なんだよね。守るために武器を持つってあるけど、武器を持つと、勘違いして、わざと武器を振り回してしまう奴がいる。僕はそういう奴になりたくないんだ」

「臆病者ってバカにされても?」

「力を振り回して威張るよりマシかなって思ってる」

「……やっぱり、あなたって変」

「……かもね。でもそれでいいんだ」



 頼りなく笑ったキョウ。

 それでもどこか張り詰めた空気を和ませてくれるのが、なぜか嬉しかった。




 でも、それはもう過去のこと。

 今、どれだけ望んでも戻ってはこない。

 瞬きを何度繰り返しても、殺風景な鉄格子が向かい合うだけ。


 なんで……?

 どうして、こんなことに……?


 狂いそうな疑問が頭を締めつけていく。

 ここで目蓋を閉じてしまえば、自分が壊れてしまいそうで構えているのに、つい目蓋を閉じてしまう。

 気づけば、頬を冷たいものが伝った。


「……助けて……」


 言葉がこぼれ、奥歯が震えてしまうと、空気が口からもれた。

 ……助けて……。

 ……助けて……。


「……助けて、セリン……」


 咄嗟に目蓋が開いた。

 瞬きを繰り返し、何度も「なぜ?」と疑問が頭上に舞っていたとき、鉄格子の辺りに揺れる影があった。

 ーーキョウッ。

 不安よりも、期待が強まり、顔を上げた。




 ついて行くしかなかった。

 声を上げられず、ただ必死に後について行った。

 エルナのときは、外に出ることもできなかったけれど、今日は兵に阻まれることはなかった。

 顔を上げる余裕もないまま、流れる石畳の床を眺めて進んでいたとき、床が真っ白に染まっていく。

 太陽が手を差し伸べているみたいに、辺りが輝いていく。

 表へと飛び出していた。

 ようやく顔を上げた。

 そこは確かに明るい外となっていた。

 ここ、どこ?

 無言の問いかけに、打ちひしがれそうになるなか、捉えたのは草地に倒れ込む石柱であった。

 ここって、忘街傷?

 新たな疑問が膨らんでいたとき、数歩先で立ち竦む影をマジマジと眺めてしまった。

 大きな背中。

 黒いマントに全身を隠し、表情が読めない姿。

 昔に一度だけ見た、大きな背中。

 確か…… セリン。


「……なんで?」


 

 残念でした。

 ってかリナ、お前までここで文句を言うのかよ……。

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