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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  七  ーー  伝わらない不安  ーー

 百九十七話目。

  あれ?

  エリカの代わりに出てきたけれど、もう終わり?

 今回、私の出番が……。


 何かが危ない。

 どうにかしなければいけない。

 ずっと立ち止まっていてはいけない。


 自分は、たかが兵の一人だとわかっているけれど、この世界は、何かが歪んでいっているんじゃないのか。


 そんな気がしてしまう。


 目に見えない恐怖が、自分の背中にへばりついて息をしているみたいで、気持ちが揺れてしまう。

 逃げることのできない脅迫概念が体を縛りつけ、口元を押さえつけられ、地面に押し潰されそうで痛かった。

 目を瞑り、恐怖に負けじと根源を探ったとき、黒い影が息を吹き返して自分を威圧してくる。

 狡猾で鋭い眼光で心臓を潰そうと……。


 ローズ…… 隊長の姿が。


 自分の長でありながらも、信用できない人物。

 油断ならない人物だと心の奥が警告して落ち着かなかった。


 狂気を誰にでもぶつける。


 そんなことをしている場合ではない気がするのに。

 人を傷つけることに楽しみを持っているとしか見えない。


 それよりも、蒼のなかで隊員が行方不明となっている事案は、僕が奇妙な幻を見てからも続いていると聞いている。

 それなのに、ローズ様は独自の行動に徹している。

 まったくもって心境が掴めない。


 今もそうである。


 廃墟と化した町の一角にある牢屋。

 そこに投獄された人物を監視しろ、と僕は命令を受けていた。

 そんな場合ではないのに。


 松明が灯った湿気の多い通路を歩き、心に渦巻く憤慨を押し殺して、鉄柵の前に佇んでしまう。


 この人もローズ様の犠牲者と……。


 限られた命に多少の同情が湧いたのかもしれない。

 手にした灯りで牢屋を照らしたとき、息が詰まった。


「……お前は……」


 牢屋の隅に膝を抱え、蹲る一人の少女の姿を。

 記憶が一瞬の間に渦巻いていた。


 こんなに大人しかったか?

 どこか横暴な態度しかなかったんじゃないのか?


 疑念が渦巻くなか少女がゆっくりと顔を上げた。


「……タカクマ?」


 闇にくすんでいた目に、一筋の光が射した気がした。

 それが僕に気づいたからなのかわからないが、視線を浴びたとき、息を呑んでしまう。


「……お前は確か…… エリカ…… だったか」


 なんでお前が?


 キョウと呼ばれた男の後ろで隠れていたイメージしかない。

 拘束される理由がわからなかった。


 どれだけ立ち竦んでいたんだろうか?

 無言のままエリカとじっと目を合わせていた。

 それでも、彼女から滲み出る恐怖が棘となり僕の肌に突き刺さってくる。


 どうすればいい?


 痛みが急かしてくる。

 拘束する理由はなんだ? どうして……?


 気づいたとき、手が動いていた。鍵を開こうと。


 刹那ーー。


 背中を冷気に撫でられたみたいに体が萎縮した。

 こんな感覚に陥るのは、ローズ隊長のそばに立ったとき。


 不安が高まるなか……。

 胸に激痛が走る。


 ……刺され…… た?


「ーーダメじゃない。この子は大事な子なのよ」


 ……ローズ様?

 今回で七章目が終わりだから、僕らの出番はないんだよ。

 ってか、それにはエリカも文句言ってたな。

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