第三部 第七章 5 ーー 交渉 ーー
百九十四話目。
事態は悪い方向にしかならない気がするわね。
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体を大きく揺らす力が強く、遠退く意識が戻ってきた。
朦朧とするなか、額を擦っていると、目の前に心配したリナがこちらを見ていた。
「目が覚めたようね。痛みはどう?」
心配ない、と言いかけて体の揺れが止まらないことに疑問が強まっていく。
「悪かったね。部下の非礼、申しわけない」
戸惑いのなか、突如聞こえた声。
驚愕に襲われて視線を移したとき、目を剥いた。
そこがどこなのか理解できなかったが、リナの隣りにアカギがいた。
困惑に襲われながら辺りを見渡したとき、より戸惑いが狂わせていく。
景色が流れていく。青い空が。
どうも僕は馬車の荷台に乗っていたらしく、そこで目が覚めたらしい。
そこにリナとアカギが同乗していた。
「……どういうことだ、これ?」
脇腹が痛むなか体を起こし聞くと、リナが顔をしかめる。
「……捕まったのよ、私たち」
「誤解を招くことを言うな」
憎らしげに言うリナに、馬を手綱で操っていた老兵が声を荒げた。
「構わん、ハッカイ。非はこちらにある」
訝しげにする老兵を、手を上げて制するアカギ。
状況がまったく掴めない。
「リナ、ちょ、説明してくれ」
「それは俺から説明させてくれ」
どうも不機嫌なリナを察したのか、アカギが入ってくる。
先ほどまでの威圧感はない。穏やかな口調だったので、つい唸ってしまった。
「まずは部下の非礼をお詫びしたい。申しわけなかった。奴も兵を守ろうと過剰に動いてしまったのだ」
と座ったまま、膝に手を着け頭を下げた。
「あんた、隊長なんだろ、前もそうだったけど、いいのか、そんな簡単に頭を下げて」
「いいわけがないっ」
疑問をぶつけると、アカギが答える前に、ハッカイと呼ばれる老兵が即答した。
「いいんだ。こちらに非があるなら、素直に認めなければいけないものだ」
「何、変なところで律儀になってんだか」
真摯に振る舞うアカギであったけれど、リナの機嫌は戻っていない。
「あのとき、君に向けて部下が銃を撃ってしまったのだ。それが脇腹を撃ち抜き、君は意識を失ってしまったのだ」
そうか、と脇腹を触ってしまう。いつしか包帯が巻かれて治療が施されていた。
「それで僕らは連行されたってことか」
感情的になってしまったことを後悔してしまい、皮肉をこぼした。
「ーーで、僕らはどこに連れて行かされてるんだ?」
嫌味を込めて言うと、アカギは顔を伏せる。
「ムーリフみたいよ」
なかば諦めと後悔に苛まれ、力なく聞いてみると、リナの口から意外なことを言われ、耳を疑ってしまう。
「ーームーリフ?」
「あぁ、そうだ。俺たちが向かっているのはムーリフだ」
「ーーどうして?」
「交渉よ。私たちをムーリフに連れて行ってくれるなら、先生の元に行ってもいいと」
リナの説明にアカギは静かに頷いた。
「って言っても、この状況じゃ、連行されているのと同じだと私は思うんだけどね」
背筋を伸ばすと、メガネを触りながら荷台の周りを見渡した。
荷台の周りには、馬に乗った青い服装の者が、荷台を囲うように並行していた。
斜め後ろにいる若い兵は、特に厳しい表情を崩さなかった。
この人物もリキルで見た兵であった。
疑いを見せるリナに、アカギは困りながら額を掻いていた。
「だが、ムーリフに行っても、君たちの期待に応えるだけのものはないと俺は思うぞ」
そこで急に神妙になるアカギ。
脅しとしても、その理由がわからず、眉をひそめてしまう。
「ムーリフはすでに消滅しているんだ」
放たれた言葉に唖然となり、リナと顔を見合わせてしまう。
それでも否定も肯定もする声は出てくれない。
「あんたたちがやったの?」
驚きを鎮めた後、リナは上目遣いでアカギを睨んだ。
アカギは黙ってかぶりを振った。
「奴はそれを知っているはずなのだが、なぜそこを指定したのかはわからん。ローズはどうも掴めない奴だからな……」
「ローズッ」
名前を聞いた瞬間、右肩の傷が疼いた。
もう体に刻まれてしまっているのか、敏感になってしまう。
両手に力が入る。
「それでもいい。あいつにそこを指示されたからには、行くべきだと僕は考えてる」
「意外と、あんたもエリカに劣らず強情なのね」
「別にそんなんじゃないよ」
どこか茶化している素振りのリナに、鼻を鳴らすしかなかった。
「ーーでも、それってあんたはいいのか?」
今の状況に至るまでの経緯は理解できたけれど、アカギらの厚意が逆に不安が積もってしまい、口調が鋭くなってしまう。
今になって、リナがずっと警戒を解いていないのが理解できた。
「いいわけなかろう。お前たちを大罪人として拘束する必要がなくなったとは言え、ヒダカが急いでいることに変わりはない」
アカギに聞いたつもりでいたが、ハッカイが強い口調で割り込んできた。
どうも、彼は僕らにまだ敵意を持っている様子で。
「そう責めるな、ハッカイ。お互い事情があるのだから」
すかさずアカギが宥めると、ハッカイは視線を逸らしてごまかした。
「それに、君を拘束するとなれば、一筋縄ではいかなそうだしな」
不意にアカギは含み笑いを浮かべ、僕を見てくる。
何を指しているのかわからず、唖然としていると、リナもが険しい表情を向けてくる。
やはり、何かを含んだ様子で。
従うしかないってことか、このまま……。




