第三部 第七章 3 ーー 望まない誘い ーー
百九十二話目。
私って、エリカほど甘くはないわよ。
いろいろとね……。
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「やけに、余裕なのね。一人なんて。それって、私らのことをナメてるってことなの」
リナの指摘に、アカギは苦笑する。
「俺は君を拘束に来たんじゃない。だから別に大勢で出る必要もないだろ」
手の平を見せて制してきた。
「ふんっ。よく言うわよ。影に隠れて剣を構えている連中がいるくせに」
鼻で笑うリナは、胸の辺りで指を動かし、数カ所を指した。
「……違う?」
なぜか得意げに首を傾げるリナに、アカギは一瞬目を剥いた後、息を吐き、
「ハッカイ、アオバ。お前たちは手を出さなくていい。大丈夫だ、話をしに来ただけだからな」
アカギが振り向き、後ろに向かって指示を飛ばしていた。
微かにだが、剣を鞘に入れた音がした気がした。
「さて、これでいいかな。俺らに敵意がないということは」
「……どうだか」
自分たちは潔白だと示すアカギだけど、リナの素っ気なさは変わらず、警戒を緩めない。
「でも、そんな人が僕らに何を…… 僕には時間がないんだ」
そうだ。ここで止まっているわけにはいかない。
「リナリア。君に来てほしい。君と話がしたい方がおられる」
瞬間、アカギの表情が強張った。
同時にリナも後ろに手を回す。
背中に隠したナイフを掴むために。
「言い方で変わるものね。結局は私を拘束したいだけでしょ」
「違う。今はお前たちを追う理由が変わったんだ。それで、ヒダカという方が話をしたいと言っているんだ」
ヒダカ?
急激にリナの顔から血の気が引いていた。
「……先生が?」
恐る恐るこぼれた声に耳を疑う。
……先生……。
確かリナとアネモネが子供のころ、世話になったという人物のはず。
それを以前、ローズと話していたはず。
聞くとリナは力なくかぶりを振る。
そのまま顔を伏せ、しばらく黙っていた後、
「惑わせないでっ。先生の名前を出せば、私が従うとでも思ったのっ」
アカギの言葉を真っ向から否定するリナ。口調も強くなる。
「惑わすつもりはない。本人から頼まれている」
アカギの説明に、先生に会ったときの姿が蘇る。
「あの方は言っていた。テンペストのことを考えるならば、君らとちゃんと話す必要があるのだと」
テンペスト……。
これまでの立ち振る舞いを見ていると、信用できるかと期待しかけたけれど、そうじゃないらしい。
「悪いわね。どのみち、それだったら期待に添えないわ。今、私らはアネモネと一緒じゃないから」
「……そうか。なら、それでも構わない。君だけでも俺に着いて来てほしい。我々にも時間が余りなさそうなんでね」
それまで悠然としていたけれど、腕を組み、こちらを睨んでくる。
拒めば強引に拘束されそうな、殺気が一気に放たれ、足が竦んでしまう。
それだけはできない。でも、声に出てくれない。
「それはできない」
躊躇していると、隣でリナがきっぱりと断った。
「悪いけれど、私らにも急がなければいけない場所があるの。そのためにそんな暇はないの」
不敵な笑みを浮かべると、背中のナイフに手を添える。
「ーー邪魔するって言うなら、それなりの反抗はするから」
それは警告。
ジリッとリナが一歩踏み出したとき、頬に触れる風に異変があった。
殺気に似た、鋭さが混じっていた。
肌寒い何かを追っていたとき、建物の影に人影を見つけた。
「いい? 手加減しないわよ」
刹那、リナが怒鳴った。
それはアカギに対してではなく、物影に隠れる、ほかの兵らに向かって。
いつしかまた、僕らは囲まれていたらしい。
こんなところで捕まっているわけにはいかない。
「よせ。俺たちは危害を与えるつもりはない」
そうだ、急がなければ。
「すいません。僕らは急がないといけないんです。あいつを、エリカを助けないと」
制止するアカギを睨み、牽制する。
「助ける? エリカ? あの女の子か? 一体何があったんだ?」
「惚けないでっ。あんたたちで企んでいたんでしょっ。ローズに連れ去られたのよっ」
戸惑うアカギに、リナが叫ぶ。すると、アカギの動きが止まる。
「ローズが? なぜあいつが」
「だから、惚けないで。大剣と引き替えだって言ったのはあんたたちでしょっ」
「ちょっと待って。本当になんなんだ、その話は。俺はそんな話は知らないっ」
慌てるアカギに、詰め寄るリナ。
空気が張り詰めるなか、アカギが叫喚し、その場を止めた。
「ちゃんとわかるように説明しろ。どういうことだ」
順を追っての説明を求めるアカギ。
冷静に話を進めようとしているのだけれど、僕にはそれが耐えられない。
時間が惜しい。
「順序も何も、知らない。エリカがローズにさらわれたんだ。早くムーリフに行かないと」
「……ムーリフ?」
我慢が限界に達しようとして、僕はつい叫んでしまっていた。
「そうだ。ムーリフに早く行かないとっ」
エリカが甘い? 何かの勘違いだろ。
ま、自由にしていいよ。




