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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二章  7 ーー 青き集団 ーー

 人が集まるのって、やっぱり苦手。

 それなのに、十九話目って……。

            7



「……あいつらだ」


 小声であるけれど、敵意を剥き出しにした、禍々しいヤマトの声が胸を締めつけていく。

 体を引き止めていた手により力を込めた。

 小さな蟻がでかい象に向かったって踏みつけられるだけ。


 それはあまりに危険だ。


「止めとけ。丸腰で出て行ったって無謀なだけだ」

「でも、前は何もできなかったんだ。情けない自分が悔しいんだよ」


 矢のごとく、張りつめるヤマトを引き止める。

 強く牽制するけれど、ヤマトの目はそれを否定していた。

 落ち着け、と叱責しようとした瞬間、耐え切れなくなったヤマトは僕の腕を振り払い、草むらから飛び出してしまった。

 まさに矢のごとく、男たちの方に一目散に駆けた。


 あぁ、もぉっ、クソッ。


 放ってもできず、草むらを飛び出して後を追った。


「出て行けっ」


 荒れた道の上で、対峙した男にヤマトが一蹴する。

 ヤマトの叫び声に驚いた馬が鳴いてたじろぐのを、男が手綱をさばいて大人しくさせた。

 ヤマトは道の中央で大の字になって立ち、道を阻んだ。


「これ以上、町を荒らすなっ」


 虚勢を張るヤマト。

 それでも無理をしているのは、言葉の節々が微かに震えているのが物語っている。

 震えを我慢して立つヤマトに追い着き、ようやく隣に立った。

 遅れてエリカも出て来て、僕の隣に立った。


 ったく、隠れていればいいのに……。


 三人の男は馬を制して正面を向き直し、こちらを見下ろしてきた。

 背筋が寒くなるのに、汗が吹き出しそうだ。

 中央の男はやはり屈強で肩が大きかった。肌も黒く目もくっきりとして鼻筋も高い。

 金髪がより目立っている。

 二十代前半だろうか。意外と若かった。

 簡単に言えば濃い顔の男。

 右にいた男は顔の長い男で、こちらはヒョロッとした全体的に細い男。年は金髪男と同じぐらいで、印象的には薄かった。

 それに対し、左にいた男は白髪の年配の男であった。四角く強張った顔で、鬼みたいな険しさを漂わせており、三人のなかで一番警戒心を剥き出しにして、肌黒くしわの多い強固な顔の目を光らせている。

 やはり警戒しているのか、細男は腰に携えた剣のグリップに手を当てている。

 すかさず、金髪男が右手を横に伸ばして細男を制する。


「君たちはこの町の住民かい?」


 金髪男が声をかけてきた。

 思いのほか、声は穏やかで、丁寧な口調になっていた。

 詰まっていた喉に空気が流れ込む。


「うるさいっ。何しにこの町に来たっ」


 こちらに近寄ろうとする男らを、真っ向からヤマトが拒絶する。

 威嚇するヤマトに圧倒されて苦笑する金髪男。

 交渉を諦め、辺りをゆっくり見渡した。


「この町を見させてもらったよ。どうやら何か襲われたように見えたんだが、何かあったのかい?」


 金髪男の問いかけにヤマトは伸ばしていた腕を静かに下ろした。

 それでもずっと拳を握っていて、微かに震えている。

 恐怖からではなく、湧き出る何かを堪えているように見えた。


「ふざけるなっ。町を襲ったのはお前たちだろっ」


 ヤマトは急に顔を伏せると、溜まったものを吐き出すように叫んだ。


「隊長、何かあったのですか?」


 ヤマトがうつむくなか、遠くから声が聞こえ、馬が駆け寄る音が近づいてくる。

 気づけば、金髪男の周りに同じく馬に乗った男たちが集まっていた。

 みんな同じように青い服を着ている。

 思わず息を呑み、奥歯を噛み締めた。

 象が毛を逆立てる狼に変わったような敵意が肌を突き刺す。

 集まったのは男が八人。

 誰もが禍々しい雰囲気を漂わせており、乗馬しているのも相まって背が高く、威圧感は半端なかった。

 僕ら三人は深い影に支配され、大きな獣に呑み込まれそうだった。

 エリカも恐怖心からか、僕の後ろで身を丸め、背中を掴む手に力がこもる。

 ヤマトは口を開こうともせず、うつむいて黙ったままである。

 それでも、金髪男はずっと返事を待っている。


「二十日ほど前、あなたの言う通り、ある集団に襲われ、町の人たちはみんな殺されたみたいなんです」


 僕は恐る恐る口を開いた。

 このままでは不穏な空気に呑まれ、獣の牙に襲われそうで。


「ーーみたい、とはどういう意味かな? 君たちはこの町の住民じゃないのか?」


 鋭い。


 ちょっとした言葉のニュアンスを金髪男は見逃さなかった。


 逆らえない。


 温厚ながら、すべてを見据えている金髪男の言動にまた背筋が凍った。


「僕らは旅人です。昨日、この町に辿り着いて、それで彼から事情を聞いたんです」


 ここは下手にごまかせない。面倒になるのはごめんだ。

 これまでの経緯を素直に話した。

 疑うように金髪男が睨んでくる。

 そんなに睨むなって。嘘はついていない。


「では、町を襲ったのが我々だと彼が疑っていると」

「だって、そうだろっ」


 そこでヤマトは顔を上げ、怒りをぶつけると、金髪男は渋い顔を浮かべた。


「それはただの言いがかりではないのか?」


 今まで黙っていた年配が口を挟んできた。口調は低く、こちらも威圧感があった。


「そんなことはない。お前たちと同じ服を着ていたんだからっ」


 疑いをかける年配をヤマトは指差し、声を荒げる。

 年配は気に障ったのか、睨み返してくる。


「同じ服…… おい、最近、この辺りの管轄はいたか」

「……そういえば、少し前にカサギの部隊がこの辺りを担当していたかと」


 金髪男に聞かれ、細男は顎に手を当てて、しばらく思案した後に告げた。

 それを聞いた金髪男は額に拳を当て、悩むように小さく唸っている。


「どう思われますか?」

「……そうだな」


 何度か頷いた後、金髪男が呟く。

 ややあって手を放すと、金髪男は唐突に馬を降りた。


「ーー隊長っ」


 後ろにいた者たちが騒然となるのを流し、手綱を持ったままヤマトに歩み寄る。

 馬に乗っていた者たちが一斉に剣に手をやったが視界に写り込む。

 一気に緊張が背中に走り、体が硬直する。

 ったく、本当に矢みたいだな。

 そのせいで、次がちょっと怖いな……。

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