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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第六章  9  ーー  狂気に満ちた儀式  (2)  ーー

 百八十七話目。

     こんな一瞬で……。

 

 暗闇のなかで聞こえてくる咆哮。

 急激に場所を飛ばされた感覚に全身が襲われていると、漆黒の闇が一気に晴れた。

 射し込まれていた光がすべてを包んでいく。

 眩しさに瞬きをしたとき、広がるのは整然とした青空。

 さっきの漆黒はなんだったのか?

 淀みのない青空がそこにあった。

 さっきまで座っていたはずなのに、今はどこかに寝そべっている。


 ほんの一瞬の出来事。


 あれは幻だったのか……。

 迷いに視線が動いていくなか、顔を横に向けると、隣には彼女が倒れている。


「……目が覚めたみたいだな」


 どうして倒れているのかさえわからず、困惑に襲われていたとき、聞き覚えのない声が聞こえた。

 まだ頭痛が残るなか、体を起こした小さな音に気づいたのか、彼女も目を覚まし、体を揺らしていた。

 頭を抱えつつ、足元を眺めていたとき、倒れていた僕らの前に一人の人物が立っていた。


 黒いマントに身を包み、僕らを見下ろしていた人物。


 顔はフードで隠されており、表情は伺えない。

 わかるのは体格から男であることのみ。

 全身を真っ黒で染められており、感情が読めないため、恐怖から手を握ってしまう。

 握った手の指先が違和感を抱いたとき、


「……何これ?」


 横で体を起こした彼女がキョロキョロと見渡している。

 困惑に襲われた震える目差しで。

 釣られて視線を横に移した。


「なんだよ、これ?」




 目の前に見えていたのは、好奇に満ちている禍々しい視線。

 木造造りの住宅が建ち並んでいる。

 はずなのに……。


 エルナの町がすべて砂になっていた。


 それまでにあった物がすべて無になっている。

 何もない。

 住宅や祭壇、そしてそこにいた人の姿もすべてが消えてしまっていた。

 さっき抱いた手の平の違和感。

 それは地面の砂地を掴んでいた違和感。

 それまで祭壇の上にいたのに、それすらも消え、僕らも地面にいた。


 すべてがない。


 残っているのは町全体に広がった大きなクレーターのみだった。

 その中心に僕らは倒れている。

 町は、人はどこに行ってしまったんだ?

 驚愕がすべてを呑み込み、言葉を潰してしまう。

 エルナの町があったところに、僕と彼女、そして黒マントの男だけ。


「……テンペストがエルナを襲った」


 黒マントがポツリと呟いた。


「……テンペスト?」


 黒マントの表情は相変わらず読めない。それでも、僕と彼女を眺めているのだけは伝わっていた。


「……まだ命を落としてはいけない。いけないんだ」


 唖然として顔を見合わせている僕らに、黒マントの声が降り注ぐ。

 どこか優しく、それでいて寂しげな口調で。


「テンペストは悪くない。それだけはわかってほしい」

 もしかすれば、ここが僕らの始まりなのかもしれないな……。

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