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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第六章  8  ーー  狂気に満ちた儀式  ーー

 百八十六話目。

     そう。嫌なことは忘れられない……。

            8



「なぁ、君は今、何をしたい?」


 町に緊迫した空気が広がろうとしている。

 祭りが始まろうとしていた。

 僕らにどれぐらいの時間が残されているのかわからないなか、間の抜けたことを聞いてしまう。


「お腹一杯ご飯が食べたい」


 自由が奪われた時間にとって、不釣り合いな言葉でしかなかった。

 それでも、無垢な答えに救われた。




 祭りなんかなくなれば、いいのに。

 声にならない願いを胸に撃ち殺していたとき、祭りは始まろうとしていた。

 広場には多くの人が集まっている。

 それだけテンペストに恐れ、命を早く捧げたいと願っているのか。

 渇いた風が吹いているなか、静寂が振動していく。

 祭壇の周りに集まった人々は、それぞれが僕らを眺めている。

 好奇、憎しみ、怯え。

 様々な目差しが渦を巻いて肌にへばりついてくるので、気持ちが悪くなる。

 逃げ出したくても逃げられず、顔を伏せていると、輪となっていた人々の正面の一部の道が開かれる。


 オォォッ オォッ オォッ


 誰の声なのか、把握はできなかった。どこからともなく聞こえた、地を這う低い男の叫び声。

 胸の奥に無理矢理ねじ込まれていく叫び声に、嫌悪感を抱き、顔を上げて声の主を捜していると、開かれた通路に二人の男が姿を現した。

 手には剣を握っている男。

 歩幅を合わせながら、祭壇へと向かってくる。


 オォォッ オォッ オォッ


 獣の咆哮に似た叫びはさらに酷く、男が祭壇に近づくほどに、大きくなっていた。

 男らが祭壇に昇り出したとき、咆哮は一斉に静まった。

 階段を昇るたびに出る軋む音が酷く聞こえるほどに。

 男は僕と彼女の横に立つと、手にした剣を、うなだれる僕らのうなじに剣先を添える。


 後、数秒の命。


 なんで? どうして殺される?

 計り知れない疑問が急激に込み上げ、憎しみへと変わっていくと、剣先が下ろされるのを待つ住民らを睨んだ。

 誰もが目を背けることなく、こちらを凝視していた。

 恐れる者も、拒む者もいない。

 それは狂気でしかなかった。

 これは祭りなんかじゃない。

 狂気に満ちた儀式であり、僕らの処刑場でしかなかった。

 ふと、隣の彼女に視線を動かした。

 彼女は怯えることも、泣くこともなく、ただ呆然と狂気に満ちた住民らを眺めていた。

 そういえば、この子の名前、聞いていなかったな……。

 不意に無関係なことが頭をよぎり、笑ってしまいそうになる。

 そんなもの、もう必要ないのだから。

 じっと一点を眺めている彼女が気になり、何を見ているのか、と住民らを眺め、視線の先を探ってみる。

 禍々しい空気が淀んでいるなか、その人物は広場に面した建物に凭れ、立っていた。

 全身を黒いマントで覆い、顔を隠していた異質な人物。

 黒い沼にポツリと存在した小島みたいに、際立って見えてしまった。

 目が合ったわけじゃない。

 それなのに、黒マントは僕の視線に気づいたのか、右手をスッと上げて、左の先を指差した。

 偶然だと知りつつも、釣られて左側、僕らにしてみれば、右側を眺めてみた。

 そこでぶつかったのは、彼女の儚げな笑顔。

 こちらを見る柔らかな笑顔に、気持ちは和らいだ。

 刹那。

 突然、雷鳴が轟いた。

 空は晴れていたはず。

 それなのに、空を切り裂く轟音が町を襲った。

 ざわめきが広がる。

 それでも僕に注目していた住民らの意識が散り散りになっていく。

 空耳であると思えた、雷鳴は続いていた。

 晴れた空に鳴り響く轟音に、違和感を拭えないでいたときである。


 世界が漆黒に染められた。


 それまでの光景がすべて闇に墜ちていく。

 何もかもすべてが消えていったなか、鼓膜が敏感になっていた。

 周りのざわめきとは違う、何かが聞こえる。

 何かが擦れる…… いや、当たる音かなんだろうか……。


 ウォォォッ


 オォォッ


 

 こんな咆哮……。

   聞きたくなんかないもんな……。

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