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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第六章  7  ーー  ……ごめん  ーー

 百八十五話目。

     私ってなんなんだろう……。

            7



 気持ちを抑えきれなかった。

「お前は間違っているんだっ」

「そんなことはないっ。彼女は悪くないっ」

「この町を守るためためだろっ。それがなぜわからないっ」

「だからって、生け贄ってなんだっ。そのために彼女を殺す? それが嫌なんだ」

「生け贄を助けたいというのが、お前のやっていること自体、矛盾がある。それはただの自己満足にすぎないっ」

「自己満足…… そんなことは……」

「何も、祭りは今年が初めて行うものではない。もう何年もやっているのだ。そのとき、お前は何をしていた? お前の理屈を通すならば、それまでに犠牲になった者も全員、助けなければいけなくなるんだ。それでもお前は助けなかった。そいつを助けることは、詭弁でしかないんだよ」


 しばらく続いた言葉の応酬。

 そこで言葉を返せなくなる。

 ただの自己満足だと指摘された瞬間、全身から力が抜けていく。

 彼女を助けたいのに、力が入ってくれなかった。


「……ごめん」


 彼女の声が……。




 曇りのない無垢な青空。

 柔らかい風が頬を撫で、髪を遊ばせている。

 穏やかな陽射しが今日ほど憎いと思ったことはない。

 祭りの時間が近づいていた。

 広場に設置された小さな木製の祭壇。

 壇上には一メートルほどの杭が二本打ちつけられており、その杭に縛られる形で、後ろ手に彼女と並んで縛られ、座っていた。


「……ごめん」

「もう、謝る必要はないよ。僕は今でも間違ったことなんかしていないから」


 彼女の隣で、僕も生け贄として座っていた。

 空を眺めていた僕に彼女は謝ったので、苦笑した。




 彼女を逃がしたかった。

 その願いは今も変わりはないし、逃がそうとしたことに悔いはない。

 けれどユアサと対峙し、彼に生け贄への思いを否定されたとき、力が抜けて無様に拘束されていた。

 あのときユアサに拘束され、僕の背中にかけられた言葉が今でも鼓膜に強く残っていた。


 ……ごめん。


「謝ることはないよ。今でも僕は間違っていない」


 責任を感じ、自分を責めてうなだれる彼女に、力強く言い切った。




 祭りが始まろうとしている午後三時。

 それまでの僕らはただの晒し者でしかなかった。

 僕は祭りを妨害しようとした犯罪者ということか。

 好奇心に塗れた住民が祭壇のそばに集まっている。

 祭りを待つ者もいるけれど、それでも僕と彼女に向けられる視線は、期待に満ちてはいない。

 蔑んだ冷たい視線を注がれている。

 注がれているのは罵詈雑言。

 それでも不思議なことがあった。

 聞くのも辛くなる言葉に耳を塞ぎたくなるなか、空を眺めていると、不意に苦笑してしまった。


「なんのために、この町を守ろうとしていたんだろ……」


 僕が町の守備隊にいたのは町を守るためじゃなかったのか?

 例え、不穏なことをしている町であっても。


「バカバカしくなったでしょ」


 僕の心を見透かした様子で、隣にいた彼女が呟いた。

 何も言い返せず、ただ口角を上げる。

 絶望に押し潰されるのに、涙はこぼれない。

 最低だよ、ほんと。

 後悔はない……。

   ない……。

    だから謝るなって……。

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