第三部 第六章 6 ーー 差し出す手 ーー
百八十四話目。
あれ?
今、私って危険な気がするけれど、なんか今回って特別なの?
6
叫びたかった。
“生け贄”なんてふざけてる。
できることなら、そんなこと廃止してしまえばいいと。
生け贄を捧げなければ生きられない町なんて……。
今日も牢屋の警護に就くこととなった。
囚人といえど、今この町に拘束されているのも彼女だけ。
看守は僕一人。
………。
………。
都合がいい。
迷ってなんかいたくない。
「あなた、何を?」
「君はこの町にいちゃダメなんだ」
戸惑う彼女に、僕は強く言い切った。
鉄格子越しに立ち竦む彼女を横目に、僕は一点に集中していた。
「君は祭りの生け贄にされそうなんだ」
大声で怒りを撒き散らしたいのだけれど、彼女の不安げな顔を見てしまうと、声が曇ってしまう。
「……私が“生け贄”?」
「そんなの絶対にダメなんだよ。こんなの」
それだけは強く断言できる。
生け贄なんて受け入れるべきじゃない。と彼女の顔をじっと眺め、強く訴えると、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。
「やっぱり、私はここにいちゃダメなんだ。やっぱり……」
頬が次第に引きつっていき、彼女の肩が震えていく。
そのまま崩れてしまうのを必死に堪えて。
「……だったら、最後にご飯、一杯食べたかった」
彼女は頬を引きつらせながら、無理に笑顔を浮かべる。
壊れそうな儚い笑みに感じたのは、最後の諦めに捉えてしまったからかもしれない。
「だから、君はここにいちゃダメなんだっ」
彼女の諦めを拒みたくて、つい怒鳴ってしまった。
「ーーよしっ。開いたっ」
きっと普段なら、手惑わずに鍵を開けただろうけれど、焦りから使う鍵を間違ってしまい、何度も取り替え、三度目の鍵でようやく開けた。
彼女を逃がす。
ユアサから生け贄にされると聞いて体が衝動的に動いてしまっていた。
「ーー行こっ」
鉄格子を開くと、困惑した彼女は怯え、後ずさりしてしまう。
怯えた様子で、肩を抱くようにして。
「なんで? なんでこんなことを……」
震えた問いは、僕の胸に染み込んでくる。
「生け贄なんて、そんなの間違っているんだ。こんなの絶対に違うっ。だから逃げるんだ。だからっ」
わかっている。
急にそんなことを言われたって、理解できないのだって。それでも、このままにはしたくなかった。
「だから行こうっ」
怯える彼女に右手を差し出す。
後は彼女がこの右手を握ってくれれば……。
それなのに、彼女はうずくまり、顔を伏せてしまう。
「……そんなの嘘」
「ーーえっ?」
「みんな、そうだった。最初は喜ばれた。テンペストの予測ができるって。でも、何回もそんなことが重なると怖がっていく。それでいつしか憎しみが増えていって邪魔になっていく。だから、あなたも嘘。ここを出ても、絶対にまた違う場所に捨てられる…… だったら、もうここでーー」
「うるさいっ」
聞いていられなかった。
彼女の怯えた訴えは、空気を切り裂くほど悲痛な叫び。
涙をこぼす悲鳴は苦しみなんて一言で片づけられないほど、刺々しかった。
だから聞きたくなかった。
「君は生きていいんだ。間違ってなんかいない。間違ってるのは“生け贄”なんかある風潮なんだっ」
彼女は悪くなんかない。
それでも感情が爆発してしまい、怒鳴ってしまった。
肩を震わせ、さらに身を縮めてしまう。
ただ、顔を伏せることはなく、苦しみを訴え僕をじっと眺めていた。
「……私はテンペストを……」
「だから何?」
どうしてそんなことで命を捧げなければいけないのか、理解ができない。
いや、理解なんかしたくなかった。
彼女の不安を否定し、言葉がこぼれていく。
自分を責める彼女が不思議で、弱々しい声で。
彼女は差し出した右手をじっと眺めていた。
怯える小さな体に、右手を引くことはしない。
彼女は自分の手を胸の前で握ったり開いたりを繰り返している。
どうするべきか躊躇し、最後に僕を見た。
僕は無言で頷いた。
怖がりながらも、彼女はゆっとりと手を伸ばし、僕の右手をギュッと握った。
怯えていた細い腕。
それでも暖かい腕をすっと引いた。
「うん。行こう」
深い黒髪が揺れ、淀みのない白い肌が灯りに照らされていく。
牢屋から開放された彼女が見せた笑顔は、これまでで一番弾んでいた。
だからこそ、僕の判断は間違いじゃないんだと、心が躍ってしまう。
彼女の笑顔に、嬉しさに包まれていくなか、一瞬にして彼女の笑顔が引きつり、冷たくなっていく。
急に拒絶され、胸をドンッと押された衝撃に襲われたみたいで、目が泳いでしまう。
白い肌から血の気が引いていき、より白さが際立っていく。
そして、その恐怖は僕に向けられていないと気づいた。
怯えは僕の後ろに向けられている。
丸い目がより丸く瞳孔が開いていく。
溶け出した氷がまたしても凍っていく。
体を縮まっていく姿に、背中に悪寒が走った。
後ろに誰かがいる。
彼女の恐怖に引っ張られるように、後ろに振り返る。
言葉が喉の奥で潰れた。
通路の先に、壁を作るように五人の兵士の姿があった。
みなが武器を手にし、反抗すらも許されないほどの仰々しい空気を漂わせて。
「キョウ、やっぱりお前はそいつに感化されすぎだ」
「……お前」
武装する兵のなかには、ユアサの姿もあった。
仲間の間でも、気を許していた人物であるのに、周りと同じく剣を握り、敵意を剥き出しにしていた。
まぁ、今回はね。
この物語も始まり、一年となります。
そうんですね。早い、かな。
ということで、話はまだ続きます。
今後も僕らの旅もよろしくお願いします。




