第三部 第六章 5 ーー 総意 ーー
百八十三話目。
どこに行っても、人は変わらない。
変わらないんだ。
5
「祭りをする?」
その日の夜の帰り際、ユアサから言われたことに驚き、足が止まった。
「祭りって、まだそんな時期じゃないじゃないかっ」
「おいおい、僕にそんなに怒んなくてもいいだろ」
話が衝撃すぎて声を荒げると、ユアサは両手を見せて制してくる。
苦笑いをして宥めるのだけど、それでも僕の怒りは鎮まらなかった。
ごめん、と謝ってなんとか気持ちを鎮め、
「でも、その……」
指摘したいことはあるのに、意識が拒絶してしまい、喉を通ってくれない。
顔を背けると、ユアサの顔がより険しくなる。
「……生け贄のことか?」
顔に出したつもりはないのだけど、心を見透かされていたらしい。
ユアサの鋭い眼光が胸をえぐり、息苦しさに耐えながら頷いた。
「だってそうだろ。まだその候補の人物なんかいなかっただろ。ってか、そもそも名乗り出る奴なんていないだろうし。自分から命を捧げてしまう人なんて」
怒りが治まったわけではないので、まだ口調は強まったまま。
「なんだ、やけに悲観的だな。お前は祭り否定派か?」
「別に祭りは否定しないよ。あれで気持ちが鎮まるなら。僕はただ、生け贄に対して苛立ってるんだよ」
「そう言うなって。みんなテンペストを恐れてるんだ。何かを犠牲にしても、守ろうとしてるのさ。嫌な判断だと知りつつも、ね」
急に思い口調になるユアサ。
正論だと理解していても、背中に寒気が走る。
「それに」
溜め息交じりで言うと、ユアサは視線を落とし、なぜか足元を見下ろした。
「それにもう、生け贄は決まってるらしいんだよ」
「本当かよ? でも誰だ? そんな酔狂な奴は」
好んで自分の命を差し出すような人物に、不信感を抱いてしまう。
しかも、男はなぜか返事もせず、ずっと足元を眺めていた。
訝しげに思いながら、ふと僕も視線を落とした。
地面に落ちている物は何もない。
ほこりも石ころも、虫すらもいない。
虫……?
「……それってまさか?」
「地下にいるだろ。あの子を生け贄にするらしい」
僕の不安を増長させるように、ユアサは顔を上げた。
ユアサの蔑む目が痛い。
「まぁ、仕方がないだろうな。どうも奇妙なことを言っているんだしね」
どうもユアサは疑問を抱いている様子はなかった。別に問題はないと、平然とした態度に抗ってしまう。
すると、ユアサは訝しげに首を傾げる。
「お前、なんか変だぞ?」
「いや、変なのはお前たちだろ。なんで、そんな簡単に受け入れてんのさ。そんな生け贄にって、あの子は別に」
信じることができず、声に力がこもってしまうと、ユアサはまた制し、
「テンペストがわかる、とか言っているらしいな。まさかお前、そんなの信じてるのか? そんなの子供が注目を浴びるために嘘を言うのと同じだろ。あんなの信じるわけにもいかないだろ」
「でも、この前のあの黒雲、あれテンペストだったんだろ。それをあの子は」
「だからだろ。そう言って人に不安を煽らせているんだ。ってかお前、あの子と喋ったことあるのか?」
ユアサの指摘に頬を強張らせる。
責められている様子で、口を噤んで顔を背けてしまう。
立場的に囚人と看守。
軽く話すことも許されない後ろめたさから、反応してしまう。
それでもユアサは、そこを責めることはせず、呆れ気味に溜め息を落とした。
深い息を出し切った後、ユアサはじろりと睨みつけてきた。
「お前、あいつに感化されすぎなんだよ」
「感化って、別に僕はそんなこと」
ない、と断言できる。
彼女の奇妙な“力”がどうとかじゃない。“生け贄”そのものに対しての嫌悪感があるだけなんだ。
それなのに、言葉は喉の奥に詰まってしまう。
「いいか? あいつはきっとこの町に災いを招く奴なんだよ。町のみんなもそう捉えている。だからこそ、生け贄として捧げることになったんだ。これは、町全体の総意なんだよ」
総意?
総意ってなんだよ。大体、僕は……。
決まりごととか、風習とか、そんなの……。




