第三部 第六章 4 ーー 弱いから強い ーー
百八十二話目。
みんなとちがうことを言えば、怖がられる。
それが普通……。
4
次の日。
本当にテンペストがわかるのか気になってしまい、彼女に聞いてみることにした。
彼女は黙っていた。
「でも、なんでそんな力が?」
少しでも彼女との距離が縮まっていると思ったのだけど、また彼女は牢屋の隅に身を隠している。
それでも根気よく話しかけてみた。
鉄柵の前で胡座を掻いて座り、返事があることを祈って。
それでもすぐに返事はなく、重たい沈黙が鎮座して邪魔をする。
「……わかんない」
返事のない気まずさと、独り言になってしまった恥ずかしさに、首筋を擦っていると、弱々しい声がした。
反応してくれたみたいだ。ちょっと安堵する。
「小さいときからそうだった。なんでかわかんないけれど、でも……」
「ふ~ん。それってどんな感じなの?」
「わかんない。ただ、風の臭いとか、肌に触れる感じとかでもわかる」
そんなことがあるのか?
と疑いたくなるけど、反論できない僕がいた。
驚きでしかなかった。
彼女の敏感な感覚もさることながら、彼女がこうして話をしてくれることにも。
「……凄いな、君」
「ーーっ」
心から感心していると、暗闇のなかで何かが動いている気がした。
不思議なことがあるんだ、と顎を掻いていたとき、暗闇からこちらに近づく影。
浮かび上がる輪郭が、次第に彼女なんだと理解したとき、鉄柵の前に彼女は立ち竦み、僕をまじまじと眺めていた。
「……なんで怖がらないの?」
「ーーん? 怖がるって、何を?」
怯えた目は、震えを堪えていたけれど、僕はつい首を捻ってしまう。
本気で言ったつまりなんだけど、どうも疑われているみたいだ。
すると、ストンッと崩れるように、彼女は膝から座った。
「これまでずっと怖がられてた……」
「ーーえ?」
「これまでいたところじゃそうだった。遠くにテンペストを感じるって人に言うと、みんなから白い目で見られた。「嘘だろ」って叩かれたり、殴られたりすることもあった」
ゆっくりと話し出す彼女に、耳を疑ってしまう。
「……その、家族は? お母さんとかお父さんとか」
率直な疑問。周りに蔑まれても、家族は大丈夫なんだろうと。
彼女はかぶりを振る。
「そんなのいない」
首が止まったとき声がこぼれた。それまでになく、酷く刺々しい声が。
顔を伏せる彼女は、地蔵みたく口を閉ざしてしまった。
空気が奪われていくなか、肘を突いて体勢を崩し、フッと息を吐いた。
天井を眺め、
「……一緒だな、僕と」
明かすつもりはなかったけれど、つい僕も孤児であることを伝えてしまった。
何、言っているんだろ?
不思議な感覚に苛まれ、松明の揺れが反射する天井を眺めていると、
「辛くなかった?」
不意に投げられた言葉に苦笑してしまう。
「どうだろうな。かもしれないけれど、忘れるようにしていたし」
「……強いんだ」
「ううん。強くないよ。弱いから、逃げるために忘れるようとしたんだ」
なんでこんなことを言ってしまうのだろう。
普通に喋ってしまっている。少しは自重しないといけないかな。
「でも羨ましい。私は普通にも暮らすこともできないから」
また喋り出した彼女の口調は、いくぶん落ち着きを戻していた。
“普通”と強調することに、顔が下がってしまう。
「ここに連れて来られてもそうだった」
「……連れて来られた?」
「この町に来てからも、ずっと訴えてた。“テンペスト”が来るって。そしたら、ここに閉じ込められた。ふざけたことを言って、交渉の邪魔をするなって。不穏な話が流れれば、町の品格にも関わるからって」
「なんだよ、その変な理由」
「……大人にしてみれば、それが普通のこと。私の存在自体が普通じゃない」
「なんだよ、それ。無茶苦茶じゃないか。そんなの変だよ」
つい声を荒げてしまう。
彼女は僕の憤慨を受け止め、悲しげに笑顔を浮かべる。
「あんたも変」
弱いことは別に悪くない。
僕はそう思う。




