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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第六章  2  ーー  黒い空  ーー

 百八十話目。

   怖さはいつだって一緒。

       怖いものは怖い……。

            2



 その日は牢屋の警護から外され、町の守備に就くことになった。

 町には大きな塔があり、そこから町を見渡し警護をしていた。

 久しぶりの外での警護に、肌に触れる風は心地よかったけれど、やはり心のどこかで彼女のことを考えてしまう。

 表向きには穏やかに見えるエルナで、彼女のことを知っている者はどれだけいるんだろうと。

 ふと町を見下ろしていると、町の一角に設置された小さな台が目に入った。

 祭りに使う祭壇。


 テンペストから町を守るため。


 不穏なことを行う町であっても、自然には逆らえない。

 祭り自体は盛大に行われてはいないのだけれど、そのどこか矛盾する町の態度に違和感を抱いていた。


「そろそろ祭りなんだな。準備してる奴が多くなってる」


 一緒に監視をしていた男、ユアサが、僕が祭壇を眺めているかとに気づいた。

 それでも、僕は「そうだな」と素っ気ない返事しかできない。


「今年は誰が生け贄になるんだろうな」


 町は至って平穏。

 それが退屈だったのか、ユアサは大きく腕を上に伸ばし、あくび混じりでこぼした。


 誰かが祭りのための生け贄になる。


 当たり前のことなのだけれど、それが違和感の塊でしかない。

 でも、隣にいるユアサみたいに、それが当然であり、普通の出来事なので、冗談交じりで話していた。

 それでも多少の疑念を抱いてしまい、ユアサを睨んでしまう。

 あくびに釣られて出てしまった涙を拭っていたユアサ。僕に気づいたのか、眉をひそめる。

 しまった、と肩をすぼめると、ユアサはさらに表情を強張らせる。

 右手を上げる仕草に殴られる、と覚悟して唇を噛んだ。


「……なんだ、あれ?」


 息を止め、痛みに耐えようとしていると、ユアサの間の抜けた声が散った。

 ユアサは殴るのではなく、上げた右手で僕の後ろの何かを指差していた。

 ホッと安堵しつつも、釣られて振り返ったとき、思わず僕も眉をひそめてしまった。


 町からかけ離れた遠くの空。

 その一角だけ、異様なほどに漆黒の塊が空に浮かんでいたのである。


「あれって、鳥?」

「いや、鳥にしたらデカすぎるだろ」


 その物体は、本当に空を浮遊しているように見えてしまう。

 別に風が騒いでいることもなかった。

 風の臭いも何も変わらない。

 それでも、遠くに見える黒い物体だけは、奇妙さを際立たせており、離れていても好奇心を掻き立てていた。


「こっちに来るのかな?」

「いや、でも風向きも違うし大丈夫だろ」

「だといいんだけど」

「一応、上には報告しておくか?」


 些細なことであっても、後で責任を押しつけられるのは面倒だ。

 僕の不安に、ユアサは難しい表情を崩すことはなかった。




 翌朝、昨日のあの異変はなんだったのか、と疑念を抱くほど、朝の空は澄んだ青を広げていた。

 町に異変もない。

 とはいえ、今日はまた地下に行くため、僕にしてみれば、天候を心配する必要はないのだけれど。


 地上で警護をしていれば、少なからず問題は起きるし、当然対処しなければいけない。

 地下にいればその問題も少ない。

 何せ、地下での問題と言えば、


「もう少しの我慢だよ」


 彼女の悲鳴を上げる腹の虫を宥めるぐらいなのだから。

 それでも、今日はまだ彼女の腹の虫を聞いていなかった。


 なんだろう。

 僕は気づけば、彼女の腹の虫を聞くのを楽しみにしていたんだろうか。

 静かなのが物足りなくなってしまい、つい口を開いてしまった。


「実はさ、昨日変な雲を見たんだ」


 昨日、塔で見かけた黒い物体のことを話していた。

 やはり気になっていたんだと思う。


「あれってなんだったんだろうね。遠くにあったんだけどさ、動いているようにも見えたし」

「………ーースト」


 地表の天井を眺め、記憶に残る黒い物体を思い描いていたとき、ふと瞬きをしてしまう。

 微かにだけど、壊れそうで柔らかい声が聞こえて。


「……テンペストが起きた」


 弱々しくも、澄んだ声が確かに聞こえた。

 牢屋のなかから。

 これって昔の話だよな。

   なんか今と変わらない気がするよ。

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