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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二章  6 ーー 音が駆ける ーー

 十八話目。

 ご飯はゆったりと。

            6



 毎日、ちゃんとしたベッドに横になれるとは保障されていない。

 昨日ベッドで寝させてもらえたのは本当にありがたい。だってこれから先、野宿が空しいほど続く可能性だってあるんだから。


 だから不安でもある。


「ーーえ? もう出て行くの?」


 朝を迎え、旅を続けることをヤマトに告げると、ヤマトは驚き、朝食を用意していた手を止めた。


「やけに急だね。昨日来て、今日って。そんなに急用なのかい?」

「うん。まぁね」


 残念がるヤマトをごまかしておいた。昨日のことを話すのも少し躊躇してしまう。

 エリカの勘を信じてはもらえないだろうから。

 本当はしばらくゆっくりしたいけど。

 テーブルを挟んだ先で大口を開いて朝食を食べるエリカを眺める。

 当然というべきか、エリカの前には大盛りになったご飯が並んでいる。

 やっぱりこの量を目の当たりにすると、三日は胃もたれしそうだ。何人前になるんだよ。

 すべてヤマトの厚意である。

 昨日の夕食から全部、用意してくれた。

 これから先、こんな料理にいつ巡り会えるかわからない。

 そんな不安もないのか、エリカには。

 どこまで遠慮がないのか。

 昨日の神妙な顔はどこに行ったのか。

 いつまでもヤマトに迷惑をかけるわけにもいかない。


「行く当てはあるのかい?」

「まぁ、それは行き当たりばったりだけどさ」


 前途多難であるけれど、ここはエリカの勘にすがろう。

 とはいえ、苦笑してごまかすしかなかった。


「ーーで、どこにするんだ、エリカ?」


 ここは感性に任せようとすると、エリカは手を止め、宙を眺めていた。


「ーーエリカ?」


 問いかけても反応はなく、唐突に髪を撫で、右耳を出した。首を傾げて耳を澄ましている。


「変な音がする」

「変な音?」


 と、また突拍子のないことを言い出してしまった。

 不意に席を立って辺りをキョロキョロと、忙しなく見渡した。

 ややあって急に家を飛び出して行った。

 あり得ない。

 呆気に取られて倒れてしまいそうだ。


「……あり得ない」


 テーブルにはまだ多くのおかずが山盛りになって残っている。

 それを食べずにエリカが席を立ってしまうなんて信じられない。


 あり得ない。


 何かが起きたのかもしれない。

 慌てて席を立ち、エリカの後を追った。


「ちょ、二人とも何があったんだよっ」





「町で何かが起きてる」


 家の前で佇んでいたエリカに追い着くと、エリカはじっと町を眺めて呟いた。

 確かに微妙だけど、町を行き来する小さな人影らしきものが見えた。


「……なんだ、あれ? 馬?」

「……あれって、もしかして」


 目を凝らしてみると、どうも馬に乗った者が何人かいるように見えた。

 遅れて来たヤマトがその様子を眺めると、一気に表情が青ざめていく。


「ーーあいつらっ」


 刹那、血相を変えたヤマトが地面を蹴り、町の中心へと駆け降りて行った。

 しかも、それを追ってエリカも続いてしまう。


「って、エリカッ」



 怏々と生える、背丈はあるほどの雑草に身を潜め、町の様子を伺っていた。

 今にも飛び出してしまいそうなヤマトの肩を掴み、制止しながら。

 どうもヤマトの様子がおかしい。

 顔は青ざめ、目は血走り、どこか危うい。血の涙でも流しそうだ。


 ざわめきが聞こえる。


 草をかき分け、目を凝らしてみると、三人の男が馬に乗り、辺りを眺めながら話している。

 真ん中の馬に乗った男は、ほかの二人よりも屈強で背が高く、がっしりとしていた。

 両脇の二人に何か指示を出しているのか、町の方向を指差している。

 ここからでははっきりと表情は伺えないけれど、金髪であった。

 三人とも同じ青い服を着ている。何かの集団なのか、腰には剣らしき武器を携えていた。

 ……青い、服……?

 ……山賊か?


「……ふざけるな……」

 ……山賊?

 気になる……。

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