第三部 第六章 1 ーー 黒い町 ーー
百七十九話目。
なんか、痛いところを突かれそうな気がする。
第三部
第六章
1
下された命令は罪人の監視、及び警護。
命令を聞いたときは、なぜ罪人を守らなければいけないんだ、と矛盾を抱き反抗心もあった。
お前は憶病なんだから、警護が一番似合っているんだよ、キョウ。
苦手な同僚に茶化され、嫌味を吐かされても甘んじて受け入れ、笑って見すごしていた。
もちろん、バカにされて悔しさも苛立ちもなかったわけじゃない。
でも、嫌味を吐く者を殴る勇気がなかったのも事実。
すべてを否定することもできなかったから。
争いの前線に立つよりも、争いから遠い場所で立っている方が合っていた。
そう、僕は憶病なんだから。
昔、孤児として連れて来られた町はエルナ。
親のいない身としては、思いとは裏腹に身を危険に晒すことをしなければ、生きていられず、町の警護班に身を投じた。
エルナ。
表向きは平穏な町であったけれど、高い武器の製造技術を持った者が集まっており、それを元に裏で武器を売買しているような、黒い町であった。
その製造技術、または武器自体を狙い、争いが絶えない町であった。
エルナという町が好きか、と聞かれれば、迷いなく「嫌い」だと答えるだろう。
「ま、それでいいんだけどね」
湿った空気のなか、諦めのこもった声がもれた。
エルナの町の地下に、製造された牢屋。
地盤を掘って造られたこの場所は、湿気が多く肌寒かった。
鍾乳洞みたく地層の柱が特徴的で、その柱だけを見れば、どこか幻想的にも見え、ここだけは僕も嫌いじゃなかった。
それでも目線を移せば、地表をくり抜いた穴に、鉄柵をはめ込んだ牢屋が存在し、気持ちが滅入ってしまう。
まぁ、そのなかに入っている者も監視が仕事ならば、それこそ矛盾しているのだけど。
牢屋の一室の前に立ち、自分の置かれた立場に、溜め息がこぼれた。
……外は晴れてるのかな。
争いとはかけ離れた場所にいると、ついバカげたことを考えてしまう。
ずっと薄暗い通路で、至るところに焚かれた松明を眺めていると。
……罪人か。
警護している部屋には、六日ほど前から拘束された者がいる。
僕がここに立つようになったのは三日前。そのときから、拘束されている者の顔を見たことはない。
ちょっとした興味、好奇心が芽生えたのは、通路の殺伐とした光景に飽きたからかもしれない。
鉄柵の前に立ち、なかを覗いてみた。
内部までは外の松明の明かりは、半分辺りまでしか入っておらず、奥の壁際は暗闇が支配していた。
眉間をひそめてみるが、人がいる気配はなく、沈黙が支配しており、鉄柵を隔てて空気の質が違っているように、肌がざわついた。
「……なぁ、あんたはどんな罪を犯したんだ?」
つい尋ねてしまっていた。
返事はなかった。
それはそうだろう。監視者で僕に簡単に話しかけてくるような、そんな能天気な者はいないだろうし。
鉄柵を掴み、苦笑してしまった。本当にバカなことをしてしまったと。
「すまない。変なことを聞いてしまったな。忘れてくれていいよ」
自分のバカバカしさに、頭を掻いてしまったときである。
ぐぅぅっ。
と、静寂した牢屋に不釣り合いな低い音が鳴った。
虫でも入っていたか?
それともネズミか何かの小動物?
それがなんの音なのか理解できず、宙をぼぉっと眺めていたとき、「ーーあっ」と原因に気づき、頬が緩んだ。
「なんだ、腹減ってるのか?」
それは虫は虫でも、腹の虫なんだと笑ってしまった。
どれだけ憶病な者でも、どれだけ大罪を犯した者でも、生きていれば変わらないことが一つある。
空腹には敵わないということ。
それがまた面白かった。
別に食事を与えないような、非道的なことをしているわけではない。
だからこそ、
「晩ご飯まで我慢しな」
そのときは茶化しておいた。
もちろん、食事の量を減らしているわけでもない。
けれど、牢に潜む人物は相当の大食漢らしく、腹の虫が鎮まることはほとんどなかった。
一体どんな大柄の男が拘束されてるんだろう、と変な想像をしてしまった。
イメージを膨らませていると、この殺伐とした空間の退屈さも紛らわせてくれた。
そんな日が三日続いた日である。
「……お腹減った」
退屈な日々に飽き、睡魔に襲われて船を漕いでいたときである。
ハッとして顎を上げた。
空耳かと辺りを忙しなく見渡してしまう。
「お腹、減ったっ」
ん? 今僕は怒られたのか?
責められているような口調に唖然となってしまったけれど、それ以上に、その声が女の子であることに。
いや、待て……。
急に混乱してしまう。
声の質と、これまでの食事の量を考えると、頭を抱えてしまう。
体を反転させ、牢屋の内部を覗いてみるが、明かりが届いておらず、暗闇に身を隠しているみたいで、姿はなかった。
「なぁ、姿見せてくれないか?」
優しく話しかけてみるけれど、姿を見せる素振りはなかった。
やはりまだ警戒しているのだろう。
それとも、どんな人物なのか興味が薄れることはなく、入口のそばにある松明を手に取ると、なかを照らしてみた。
火の灯りが内部を照らしていくと、今日は一人の姿を捉えた。
驚きしかなかった。
捉えたのは一人の女の子。
牢屋の奥の壁の隅に、渦巻くように膝を抱えて座っていた女の子。
膝の上に顎を乗せており、こちらを怯えた目でじっと眺めていた。
暗くても、艶やかな髪に、リスみたく大きな目が印象的な女の子だった。
年は僕と変わらなそうな子供だった。
今にも震えて倒れてしまいそうなほど、小柄な女の子。
淡い灯りに浮かび上がる表情は怯えている。
「あ、ごめん。いきなり。怖かったよな、ごめん」
怯えている様子に火を横に逸らし、灯りを弱めた。
「大丈夫。怖がることはないから」
何か変な罪悪感に襲われ、咄嗟に謝ったけれど、反面疑問に襲われてしまう。
こんな女の子にあの腹の虫?
ってか、こんな子がどんな罪を犯したって言うんだ?
疑問が晴れることはなく、数日が経っていた。
あの日、好奇心で話しかけたのがきっかけだったのかもしれないけれど、やけに彼女の腹の虫が鳴る回数が増えていた。
「もう少ししたら、食事の時間だから。ちょっと我慢しときな」
笑うのを堪えながら、促しているのだけれど、やっぱり信じられなくなる。
この子はどんな罪を犯したんだ?
触れられたくない、って感じか……。
確かにそうかもな……。




