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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第三部  第五章  1  ーー  望まない事態  ーー

 百七十三話目。

   やっと私の出番なのに、なんか期待されていない気がする。

           第三部


           第五章


            1



 あの町を見つけたのは、偶然であった。

 なかば道に迷い、エリカとリナの冷たい視線に恐れながら草原を歩いていた先に、立ち昇る煙を見つけたからである。

 一目でそれが町の危険であるのだと察した。


「ちょっと待って。何か嫌な予感がする」


 困惑して煙を眺めていると、フードをめくったリナが声を低くする。

 メガネを傾かせて煙を睨むと、耳に手を当てた。

 微かな音さえも聞き逃すまいと注意するように。


「なんか、微かだけど嫌な音が聞こえる……」


 警戒を深めるリナに足が竦んでしまう。


「まさか、テンペスト?」

「ううん。それは違う」


 不穏なことが起きると、すぐにテンペストを疑うけれど、その不安はエリカがすぐに否定する。

 とりあえずは安堵した。

 最悪、町すべてが消滅したわけではないから。

 でも、何かが起きていることは事実。


「ーー行こう」


 このまま見過ごすことはできない。


「でも気をつけて。悪い予感しかないから」




 まただった。

 また目の前に広がる光景に、言葉を失ってしまうのは。

 町が襲われた、痛々しい光景を目の当たりにしてしまい。

 これで何度目だ?

 襲われた町に遭遇するのは。

 以前、チノに叱咤されたのが影響していたのかもしれない。

 町の入口に立ち竦んでいたのはほんの一瞬。次の瞬間には体が動いてくれた。

 町はキエバほどの甚大な被害を受けているわけではないけれど、至るところで煙は立っている。

 襲われたのは一目瞭然。


 これもあの連中なのか?


 疑念を抱きながら町を進んでいると、手前の建物の扉が壊れており、建物の奥が視界を掠めたとき、足が止まってしまう。

 建物の奥、暗闇のなかに人影を見つけた。


「大丈夫かっ」


 人影は二人の子供。

 兄妹だろうか。

 幼い女の子を、十歳ぐらいの男の子が抱きしめている。

 計り知れない恐怖が襲ったのか、女の子は男の子の胸に顔をうずくまらせているし、肩は見るからに震えていた。

 小さい体を抱きしめる男の子も、こちらを怯えながら睨んでいる。

 きっと恐怖を必死に堪えているのだろう。

 涙も堪えているのか、目が真っ赤に充血している。

 きっと僕に安堵しているんじゃない。怯えて動けないだけなんだ、と痛感した。


「大丈夫。僕らは大丈夫だから」


 少し離れた場所で膝を着き、できるだけ落ち着いた口調で話し、両手の手の平を見せて落ち着かせた。

 信じてくれ、僕らは危害を加えない。

 できるだけ大袈裟な動きもせず、二人の動揺が治まるのを待った。

 男の子の視線から敵意が消えてから息を呑み、


「何があったの?」


 それでも僕に警戒が拭えないのを察したリナ。

 僕の隣で屈んで聞き直してくれた。

 リナの優しい声に、うずくまっていた女の子も顔を上げてくれた。


「……わかんない」


 ようやく震える声を上げる男の子。

 それでも先に続く言葉が出てこない。

 当然だ。それだけの恐怖に襲われたんだろう。


「お父さんかお母さんは?」


 リナの問いかけに、男の子は激しく首を振る。


「何か怖いものが襲ったの?」

「わかん…… ない…… 急に馬に乗ったーー」


 懸命に状況を話そうとする男の子だが、そこで急に外で悲鳴らしき声が轟いた。

 ようやく口を開いていた男の子も、再び恐怖に支配されたのか、また口を紡ぎ、女の子をギュッと抱きしめてしまった。


「大丈夫、大丈夫だから」

 

 できるだけ優しく声をかけるけれど、二人は顔をうつむかせるだけで、応えてはくれそうにない。

 困り果て、リナと顔を見合わせているなか、


「やっぱり誰かがここを襲ったみたいね。悲鳴が聞こえる…… それに笑い声も」


 フードをめくり、耳に手を当てるリナ。眉をひそめて集中しながら、最終的に入口を睨んだ。

 確かに遠くで人が騒いでいる。

 声が微かではあるが、聞こえる。

 それが悲鳴か笑い声なのかは定かではないけれど。


「……最悪」


 リナの重たい溜め息が、暗い部屋に充満してしまう。


「何かあったのか?」


 顔を上げたリナは、僕と後ろで立ち竦んでいたエリカに視線を移す。

 どこか、エリカに何かを訴えているようにも見えた。


「……多分、ローズがいる……」

 今は文句を言ってる場合じゃないぞ、本気で……。

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