第三部 第四章 3 ーー 因果関係 ーー
百六十九話目。
なんだろ、私のいないところでは、いつも難しい話がされてる気がする。
3
戦争と忘街傷。
それにテンペスト。
どれもがそれぞれに特質があり、別方向を向いているものだと捉えていたが、もしかすれば根深い場所では、因果関係があるのかもしれない。
なぜ、テンペストは町を襲うんだ?
いや、そうじゃない。
ちゃんとした町も襲われているし、確か、幻高森と言ったな。あの辺りはテンペストを疑いたくなるほど、天候が不安定だと聞く。
あそこだけじゃない。
ナルスの付近も、テネフ山、あの辺りも不安定なはず。
思考を巡らせろ。
些細なことも見逃さず、可能性を考えていけ。
そもそも、なんで戦争は起きた?
もう一度日記を読み返した。
そこには、時の権力者が覇権争い、領土拡大を求め、戦火を拡大していると嘆いている。
ただ、その覇権争いに時折現れる人物。
アイナ。
「……やはり彼女は特別な存在か」
目蓋を閉じると、アネモネが一人で私の家に訪れた際の、神妙な表情が浮かんだ。
元々は天真爛漫な女の子。
いつも笑顔で、姉のリナを茶化している印象が強いはずなのに、一度だけ見た、冷たく思い詰めた表情が消えてくれない。
それだけ印象深かったのか。
「アネモネ。お前はこのことを知っていたのか?」
弱々しい問いかけに、アネモネが答えてくれるわけでもない。
しかし、本当に戦火になった場所をテンペストが襲っているならば、そこにテンペストの意志みたいなものを感じずにはいられない。
「やはり、ちゃんと話を聞くべきなのか」
テンペストを追う。
それはとてつもなく無謀でしかない。
話を聞いていたときは、どこか受け流していたけれど、今考えれば、テンペストの動向などを調べる必要があるか。
キョウにエリカ。
あの二人と話がしたくなる。
二人はリナと行動を共にしていたが、それが問題か……。
私が復隊した今、大見得切って、二人と会うことははばかれてしまう。
リナは今、蒼が追っている者だから。
まずはリナとアネモネの追求を止めさせなければいけないか。
もちろん、二人を罪人として放っておくのも忍びない。
よく考えてみれば、復隊して資料室から出ることも初めてだな。
ある部屋の手前で、ふと自分の出不精を嘲笑せずにはいられない。
茶化されないように、平静を装わなければ。
唇を噛むのと同時に、部屋をノックした。
はい、と重い返事があり、胸を締めつけられた。
怖じける気持ちを堪えつつ、扉を開いた。
部屋にはさほど広くはなかったが、整頓されていた部屋の中心にテーブルがあり、そこに地図を広げ、地図と睨み合っているツルギがいた。
「珍しいな。お前がここに来るのは」
顔を上げ、私に気づいたツルギは驚く。だが視線はすぐに地図に落とした。
「悪いな。今は俺にも時間がない。これからのことを考えなければいけないので」
「侵略準備の間違いじゃないのか」
ありったけの嫌味を放ち、扉のそばに凭れた。
ツルギも顔を上げ、苦笑してみせた。
「そう怒るな。世界を束ねるためなんだ」
「……どうだかな」
素直に受け入れることはできない。
「で、何かあったのか? お前がここに来るなんて」
そうだ。別に文句を吐きに来たわけではない。
「お前に頼みたいことがらある」
神妙な面持ちで話すと、ツルギの表情は強張り、そばにあった椅子に腰を下ろした。
「今、お前たちはリナリアとアネモネを追っているだろ。それを取り止めてほしい」
一瞬、ツルギの頬が引きつったように見えた。
「それはできない相談だな。彼女らは大罪を犯してしまったのだから」
「大剣のことか。だが、追い詰めるだけでなく、ちゃんと話すべきなんだ。こちらが追い詰めれば、話すらできないだろ」
「だが、彼女らが大剣を奪ったことに変わりはない。あれは今後、必要になるものだ」
一向に引くことのないツルギに嫌気が差し、怒鳴りたい衝動をグッと堪えた。
「お前こそどうした? やけに二人に固執しているように見える。親心でも芽生えたってことなのか?」
話すべきなのか、躊躇してしまう。
ここでアネモネのことを話してしまえば、こいつを狂わせそうだ。それに、
「固執しているのはお前の方なんじゃないか?」
別に反抗するつもりはないが、強く言い放ってしまう。
それまで穏やかに接していたツルギの眉間にシワが寄り、釈然とせず腕を組んだ。
「二人を恨んでいるのか?」
核心を突くつもりで放つと、唇を噛んだ。微かながら動揺が伺われる。
それでも動揺を隠すように、ゆっくりとかぶりを振り、
「そんな子供じみたことなんかない。あの大剣を盗んだことに対する、対価を求めようとしているだけだ」
ツルギとあの二人の背景にあることは多少なりとも承知しているが、どうも納得はいかない。
「それにあの大剣は世界から争いをなくすために必要だと聞いている。そのためには、あの二人を捕らえることは最重要事項なんだ」
リナとアネモネは今、行動を共にしていない。
と言える雰囲気はなかった。
それほどまでにツルギは険しい表情を崩さなかった。
問題はそちらが先か。
「だが、それは世界統一というだけの争いだ。意味がない」
忠告を込めて吐き捨てると、ツルギは嘲笑で返した。
「何も争いは昔だけじゃない。ここで誰かがまとめなければいけないんだ」
「……それはなんのためだ? 誰のためだ?」
不意に日記に記されていた文章が脳裏を巡る。
「それが帝ということか」
自然と背中に力が入ってしまう。
敵意を剥き出しにして。
「どうも、気に入らないようだな。でも、そうだ。我々はそのために動き、国を創るんだ。それのどこが悪い?」
平然と言い切るツルギ。
こいつとの間に大きな溝がより深いんだ、と痛感させられた。
……それは同感かもな。
なんか置き去りになってる気はする。




