第三部 第三章 9 ーー テンペストの跡に ーー
百六十二話目。
これがテンペスト……。
8
不思議な感覚だったと、答えるしかなかった。
怖いとか、怯えることもなかったし、懐かしむことは絶対にない。
ただただ、目を剥くしかなかった。
これまでテンペストを肌で感じることはあったのに、今回が一番身近だった気がする。
エリカが突如叫んだとき、獣が町を駆け巡るように強風が吹き抜け、目蓋を閉じてしまう。
再び目蓋を開いたとき、遠くに見えた黒雲は、一つの黒い柱を出現させていた。
テンペスト。
「一体、何が目的でテンペストは起きてるんだろう」
「そればっかりは今になってもわからないよな」
時間にしてみては、瞬きをするほどの刹那。
圧倒された光景に、我を取り戻したころには静けさが戻っていた。
目に見えた先に悲劇は起きたんだろうが、気にしている者はいない。
数秒ほどの前の惨劇が何事もなかったみたいに。
僕らは有無もなくテンペストが起きた場所へと走った。
「なんにも残ってないのね……」
辿り着いたのはテンペストが起きた場所。
そこには何も残っていなかった。
草木もなければ、生きている者すら、すべてが消滅してしまい、折り重なるようにクレーターが大地をえぐっているだけ。
丸く削られた地表の砂が、風に流されている。
「何度見ても、本当に何もないんだな……」
クレーターの中心部に立ち竦み、足を動かして削ってみても、出てくるものはない。
隣でリナもしゃがみ込み、砂をすくい上げてみるが、空しく手の平からこぼれていくだけ。
「ここって町か何かがあったのかな?」
時折吹く風に、髪を押さえながら、もう一度辺りを見渡した。
今となっては、ここがどのような場所であったのか面影すら残っていない。
「ヒヤマさんの話じゃ、この辺りは忘街傷だったって言っていたけど」
ヒヤマの話では、テンペストに襲われた場所は、忘街傷だけがあると言われていた。
それを思い出し、ちょっと安堵する。
忘街傷であるならば、そこには人がいない。それならば、人が被害を受けることはないだろうから。
「でも、それならなんで、こんなところを」
「さぁ、気まぐれなんじゃない」
素っ気なく答えるリナ。
どれだけ辺りを見渡しても殺風景なだけで、つい彷徨わせた視線を空に上げた。
どこか寂しげに見えてしまうのは、気のせいなのか?
空は先ほどよりも落ち着いてはいる。
けれど、太陽が顔を覗かせる隙間はないほど、雲は覆っていた。
「もうテンペストは起きないのかな?」
「どうだろ? どうなんだ、エリカ?」
そういえば、エリカは大人しい。
どこに行った、と見渡してみると、エリカはクレーターとなった地面の縁に立ち、じっと地面を眺めていた。
エリカ、と呼んでみるけれど無視された。
どうもこちらには興味がなさそうである。それとも、何か見つけたのか?
「あの様子だと、もう大丈夫なんじゃないかな」
何か興味を惹かれるものでもあったのか、こちらをまったく見向きもしない。
もう何度呼んでも意味がなさそうだ。
「でもさ、仮に忘街傷が狙われてるって言うなら、私としてはちょっと嫌だな……」
エリカの自由奔放な姿に呆れていると、リナがフードをめくり、メガネを外した。
なんで? と聞く間もなく、おもむろに立ち上がり、髪を撫でた。
僕の疑問を悟ったようにリナは笑う。
「前にも言ったでしょ。私らは忘街傷を探してるって。忘街傷がなくなっていくと、私たちの道が閉ざされるみたいで」
「アンクルス、だったっけ。探してる町って」
「うん。だから道を見つけられるまでは、ね」
笑っておどけているように見えたが、眼差しの奥には、強い意志が垣間見えた気がした。
無惨…… 無慈悲って、こういうことなのかな……。




