第二章 4 ーー 町に住む者 ーー
やっぱり、自己紹介は嫌い。
……十六話目。
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追いかけっこは終わってくれただけで一安心だ。
落ち着いたところで、男の名前は“ヤマト”だと教えられた。
「僕はキョウだ。よろしく」
しばらくして男、ヤマトとはちゃんと話すことができた。
「んで、こいつがーー」
「……エリ…… カ……」
走り回っていたんだから、「疲れた」なんて言わせないぞ。
また人見知りが発動している。
エリカは急にうつむくと、地面に向かってか細い声をこぼした。聞き取れない声に、ヤマトは眉をひそめる。つい笑いそうになる。
またか。一体さっきまでの威勢はどこに行ったのか。
「気にしないでくれ。こいつは極度の人見知りなんだ。こいつはエリカ」
獣と対面したわけでもないのに、僕の後ろに身を隠すエリカ。
僕は苦笑して手を振った。
ヤマトは呆気に取られ、呆然としている。やっぱり信じられないのだろう。
だって、さっき襲うとしてたのはエリカなのだから。
「んで、教えてくれないか。この町は本当にテンペストに襲われたのか?」
話を戻すことにする。
神妙な声で聞くと、ヤマトはまた表情を曇らせてしまう。
後ろではエリカが僕の服の袖をスッと引っ張る。
エリカは力なくかぶりを振る。
「あ、それと、僕らは決して君やこの町に危害を与えるために来たんじゃない。変に思われるかもしれないけど、僕らはテンペストを追っているんだ」
「ーー追ってる?」
「まぁ、信じがたいだろうけだ、本当なんだ」
一気に訝しげに睨まれてしまった。
当然である。
でも、嘘じゃないんだ。ここは真剣な面持ちで向かい合った。
しらばく睨み合ったあと、ヤマトは顔を逸らし、
「……わかった。でもここじゃあれだし。僕の家に」
僕らはヤマトの家に迎え入れられた。
ヤマトの家は町からは少し離れた小高い丘にあった。
少し町を見下ろす場所にあり、小さな家であったけれど、壊れたりはしていない。
家の裏にも小さな畑が耕せられており、こちらは青々と何かの葉がしっかりと育っていた。
「……お腹減った」
テーブルにエリカと並んで座ると、小声でエリカは僕に催促するけど、気づかれないように制止する。
「悪いね。この町は元から大して裕福じゃなくて。これぐらいしかなくて」
聞こえたのかはさておき、ヤマトが申しわけなさそうに、お茶を差し出してくれた。
イスに座るヤマトに「お気遣いなく」と頭を下げ、ふと家を見渡した。
家は殺風景で、必要最低限の物しか置いてなさそうだった。
「ーーで、この町がなんでこうなったかって話だよね」
テーブルに置かれたコップを掴み、中身のお茶を眺めながら、ヤマトはそっと口を開く。
「なんで君はテンペストの仕業じゃないって思ったんだ?」
そこでヤマトはエリカを見た。エリカは驚き、顔を伏せた。「どうして?」と問うヤマトの表情に肩をよりすぼめる。
「それは……」
きっとエリカは喋らない。
これではただの人形だ。
代わりに言おうとすると、エリカは僕の袖をテーブルで見えないところでまた引っ張った。
言いたいことはなんとなくわかっている。
「前にテンペストのことで話を聞いたとき、状況が違ってたから。だからいろんな形があるのかって思ったんだよ」
カノブでのこともある。
自分たちがテンペストからの生き残りだってことは黙っておく。
「じゃぁ、なんで君らはテンペストを追っているの?」
不審がるのは当然である。
「僕らは人を捜しているんだ。その人はどうも、テンペストに関わりがありそうだから」
旅の目的を隠す必要もないので、話した。
嘘でごまかせば、逆に舌が絡まってしまいそうで。
もしかすれば、情報が入るかもしれないし。
「怖くないの、テンペストが」
「そりゃ怖いよ。でも、それ以上に、その人を捜さないといけない気がしてさ」
ヤマトの怯えた眼差しが向けられ、小さく頷いた。やはりこれだけは譲れない。
「そっか。じゃぁ、残念だったね。この町はテンペストに襲われたわけじゃないんだ」
そこでヤマトは皮肉っぽく頬を歪めてかぶりを振った。
「襲われていないんだったら、どうしてこんな」
「まだテンペストの方がよかったのかもしれない。憎しみを向ける先が天災だった方が諦めがつくから」
「それって?」
「この町は、人に襲われたんだ」
人見知りでごまかすな。
ちょっと気になることは、次に。




