表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

159/352

 第三部  第三章  6  ーー  消えないもの  ーー

 百五十九話目。

   ナルス……。

    なんかイラつくかも。

            5



 テンペストの生き残り?

 あり得ない。

 と、強く否定できないのは、僕らの存在があるからである。

 ナルスという町に向かうまでの道中、疑問はずっと胸に残っていた。

 我ながら、本当にそんなことがあるのか、と三人で口論しながらも、すでにナルスに近づいていた。

 迷いも正直あったけれど、エリカが「行く」と積極的に言ったので、向かうことにしていた。


「でも、なんかあったの。ナルスって町に」


 チノから名前を聞いたときの反応が気がかりとなり、聞いてみると、リナは髪を撫でて首を傾げる。


「何があった? って聞かれちゃうと上手く説明できないんだけどさ、でも昔に先生が言ってた気がするんだ」

「ーー先生が?」

「うん。そのときの先生の顔がね。なんか嫌な顔をしていたから、あんまりいい印象を持った町じゃないって感じがしたんだよね」


 明確な答えがわからず、浮かない表情のリナ。どうもこちらも不安を駆け巡らせてしまう。




 知らない間に警戒を強めていたため、ナルスに着いても、冷めた視線を向けずにはいられなかった。

 ちょっとでも気を許せば、被害を受けそうな気がして。

 ところが、町の光景を眺めていても、襲いかかりそうな人影なんてない。

 穏やかな姿に疑いたくなってしまう。

 町の住民が不穏なことに関わっているとは思えなかった。


「別に不穏なことがあるとは思えないわね。いえ、そんなこととは無縁、とも言えるくらい、穏やかね」


 リナはフードを深く被り、縁を掴みながら町の様子を眺めていた。

 確かに商店に寄る住民の表情なんかを見ていると、普通に町が楽しみになっていく。

 現に、エリカはすでに僕らよりも二、三歩先を進んで、興味を店に向けていた。

 このまま犬みたいに、どこかに飛び抜けていきそうな勢いに、引き留めようとすると、エリカの足が止まる。

 そのまま振り返った瞬間、それまで明るかったエリカの表情が強張った。

 無言のまま、ある方向を指差した。

 急激な態度の変化に首を傾げ、そばに寄って指差す方向を眺めたとき、僕の表情も瞬時に強張ってしまう。

 通路の先で見つけたのは、木製の祭壇であった。

 町の中心に建てられた祭壇は、緩んでいた気持ちを引き締めさせた。


「なんか、久しぶりな気もするけど、どう見ても祭壇だね」

「ってことは、ここでも“生け贄”があるってことなのかな……」

「わからないわね、まだ。ここの町がどちらの捉え方をしているのか、にも関わってくるからね」

 

 不安が静かに積もるなか、足は祭壇に向かっていた。


「町を見ている限り、嫌な様子はないんだけどね……」


 寂しげにこぼすリナ。

 確かに住民に向ける眼差しも冷たくなり、気持ちを紛らわしたくなって、指を強く擦っていた。



 町は段差が多い、特徴的な形状をしていた。

 建物をすべて取り払えば、緩いすり鉢状が折り重なった上に町が存在している。

 そんなイメージであった。

 祭壇があったのは、中心の広場。

 やっぱ、中心なんだな。

 これまで訪れた町と同等の造りに、げんなりとなってしまう。

 消えてほしいのに、消えてくれない存在……。

 やはり“生け贄”は存在しているのだろう、と嫌気が差してしまう。

 ただ、祭壇は思っているよりも規模は小さい。


「……なんか、小さいわね」


 広場に設置された祭壇を見たリナが、率直なことを口走った。

 リナの指摘通り、祭壇は年季が入っている。

 いや、何年も放置され、尽き果てているようにさえ見える。

 何本もの木が組まれているのだけれど、ところどころが朽ち果てており、めくれたり、穴が空いていた。

 木も腐っているのか、黒ずんでいる。

 それこそ、祭壇に人が登れば、そのまま崩れてしまいそうな脆さは一目瞭然であった。

 壇上には、一本の剣が斜めに刺されている。


「……これって多分、使われてないんじゃないかな」


 触れば壊れてしまいそうな祭壇を眺めて言うと、リナは怪訝に眉をひそめる。


「前にもあったんだ。こういう祭壇が。ま、それは森のなかにあったんだけど、そこでは……」


 祭りはなかった。


 と、言うわけではなく口を噤んでしまう。

 祭壇を初めて見たときに襲った既視感。

 それはカノブの町の近くにあった山の祭壇と酷似していた。

 あそこでは祭壇がなくなったわけではなく、“生け贄”の口論は続いていた。

 それは悪い方向に向かって。


「でも、カノブでは新しい祭壇があった」


 エリカもそのときの状況を思い出したらしく、補足した。


「前にもあったってことなんだ」

「あまり、いい思い出じゃないけれどね」


 カノブの住民の白い視線が蘇り、答えるほどに奥歯を噛んでしまう。


「じゃぁ、この町は祭りを止めたのかな?」


 町を見渡すと、住民はみな普通にすごしている。

 いや、それどころかこの祭壇に興味がないようにも見えた。

 誰もここを見ていない。

 無視している。

 切り離されている。

 住民を目で追っていると、奇妙な感覚が歪んだ見え方をさせてしまう。


「ここは町であって、町でないみたいだ」


 率直な感想をもらすと、自然と誰でもない誰かを睨んでしまっていた。

 嫌なことが起きてしまいそうで。


「残念だったね。この町じゃ、もう祭りは行われないよ」


 町のあり方に胸騒ぎに襲われていると、通りの奥から一人の男がこちらにゆっくりと近寄ってきた。


「ゴメンね。急に話しかけてしまって。祭りがどうとかって聞こえたからさ」


 警戒心をものともせず、心に声が飛び込んできた。

 祭壇を見ただけで、そんなことを言うな。

   まだ、なんとも言えないんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ