第三部 第三章 6 ーー 消えないもの ーー
百五十九話目。
ナルス……。
なんかイラつくかも。
5
テンペストの生き残り?
あり得ない。
と、強く否定できないのは、僕らの存在があるからである。
ナルスという町に向かうまでの道中、疑問はずっと胸に残っていた。
我ながら、本当にそんなことがあるのか、と三人で口論しながらも、すでにナルスに近づいていた。
迷いも正直あったけれど、エリカが「行く」と積極的に言ったので、向かうことにしていた。
「でも、なんかあったの。ナルスって町に」
チノから名前を聞いたときの反応が気がかりとなり、聞いてみると、リナは髪を撫でて首を傾げる。
「何があった? って聞かれちゃうと上手く説明できないんだけどさ、でも昔に先生が言ってた気がするんだ」
「ーー先生が?」
「うん。そのときの先生の顔がね。なんか嫌な顔をしていたから、あんまりいい印象を持った町じゃないって感じがしたんだよね」
明確な答えがわからず、浮かない表情のリナ。どうもこちらも不安を駆け巡らせてしまう。
知らない間に警戒を強めていたため、ナルスに着いても、冷めた視線を向けずにはいられなかった。
ちょっとでも気を許せば、被害を受けそうな気がして。
ところが、町の光景を眺めていても、襲いかかりそうな人影なんてない。
穏やかな姿に疑いたくなってしまう。
町の住民が不穏なことに関わっているとは思えなかった。
「別に不穏なことがあるとは思えないわね。いえ、そんなこととは無縁、とも言えるくらい、穏やかね」
リナはフードを深く被り、縁を掴みながら町の様子を眺めていた。
確かに商店に寄る住民の表情なんかを見ていると、普通に町が楽しみになっていく。
現に、エリカはすでに僕らよりも二、三歩先を進んで、興味を店に向けていた。
このまま犬みたいに、どこかに飛び抜けていきそうな勢いに、引き留めようとすると、エリカの足が止まる。
そのまま振り返った瞬間、それまで明るかったエリカの表情が強張った。
無言のまま、ある方向を指差した。
急激な態度の変化に首を傾げ、そばに寄って指差す方向を眺めたとき、僕の表情も瞬時に強張ってしまう。
通路の先で見つけたのは、木製の祭壇であった。
町の中心に建てられた祭壇は、緩んでいた気持ちを引き締めさせた。
「なんか、久しぶりな気もするけど、どう見ても祭壇だね」
「ってことは、ここでも“生け贄”があるってことなのかな……」
「わからないわね、まだ。ここの町がどちらの捉え方をしているのか、にも関わってくるからね」
不安が静かに積もるなか、足は祭壇に向かっていた。
「町を見ている限り、嫌な様子はないんだけどね……」
寂しげにこぼすリナ。
確かに住民に向ける眼差しも冷たくなり、気持ちを紛らわしたくなって、指を強く擦っていた。
町は段差が多い、特徴的な形状をしていた。
建物をすべて取り払えば、緩いすり鉢状が折り重なった上に町が存在している。
そんなイメージであった。
祭壇があったのは、中心の広場。
やっぱ、中心なんだな。
これまで訪れた町と同等の造りに、げんなりとなってしまう。
消えてほしいのに、消えてくれない存在……。
やはり“生け贄”は存在しているのだろう、と嫌気が差してしまう。
ただ、祭壇は思っているよりも規模は小さい。
「……なんか、小さいわね」
広場に設置された祭壇を見たリナが、率直なことを口走った。
リナの指摘通り、祭壇は年季が入っている。
いや、何年も放置され、尽き果てているようにさえ見える。
何本もの木が組まれているのだけれど、ところどころが朽ち果てており、めくれたり、穴が空いていた。
木も腐っているのか、黒ずんでいる。
それこそ、祭壇に人が登れば、そのまま崩れてしまいそうな脆さは一目瞭然であった。
壇上には、一本の剣が斜めに刺されている。
「……これって多分、使われてないんじゃないかな」
触れば壊れてしまいそうな祭壇を眺めて言うと、リナは怪訝に眉をひそめる。
「前にもあったんだ。こういう祭壇が。ま、それは森のなかにあったんだけど、そこでは……」
祭りはなかった。
と、言うわけではなく口を噤んでしまう。
祭壇を初めて見たときに襲った既視感。
それはカノブの町の近くにあった山の祭壇と酷似していた。
あそこでは祭壇がなくなったわけではなく、“生け贄”の口論は続いていた。
それは悪い方向に向かって。
「でも、カノブでは新しい祭壇があった」
エリカもそのときの状況を思い出したらしく、補足した。
「前にもあったってことなんだ」
「あまり、いい思い出じゃないけれどね」
カノブの住民の白い視線が蘇り、答えるほどに奥歯を噛んでしまう。
「じゃぁ、この町は祭りを止めたのかな?」
町を見渡すと、住民はみな普通にすごしている。
いや、それどころかこの祭壇に興味がないようにも見えた。
誰もここを見ていない。
無視している。
切り離されている。
住民を目で追っていると、奇妙な感覚が歪んだ見え方をさせてしまう。
「ここは町であって、町でないみたいだ」
率直な感想をもらすと、自然と誰でもない誰かを睨んでしまっていた。
嫌なことが起きてしまいそうで。
「残念だったね。この町じゃ、もう祭りは行われないよ」
町のあり方に胸騒ぎに襲われていると、通りの奥から一人の男がこちらにゆっくりと近寄ってきた。
「ゴメンね。急に話しかけてしまって。祭りがどうとかって聞こえたからさ」
警戒心をものともせず、心に声が飛び込んできた。
祭壇を見ただけで、そんなことを言うな。
まだ、なんとも言えないんだから。




