第三部 第三章 3 ーー 少しの休息 ーー
百五十六話目。
こんなこと言える状況じゃないけれど、一応、私らも旅してて疲れているんだけどね。
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「……シャワー浴びたい」
空気を読まない、間の抜けたエリカの言葉に呆れてしまい、溜め息をこぼさずにはいられない。
ったく、周りを見ろっての。
「文句を言っていないで、早く食べろって」
唇を尖らせ、釈然としないエリカ。
ほこりを落とせない苛立ちからか、毛先をクルリと跳ねさせ、不満をぶつける。
「まぁ、それはそうね。私もスッキリしたいけれど」
エリカにならい、リナも銀髪を撫で、エリカに同調して不満をぶつける。
なんとかして、と無言の圧力をかけながら。
僕に何をしろ、と言うのか……。
鋭い眼光に根負けしてしてしまい、項垂れる。
わかってはいる。ずっと歩いて来て、体を休めていないのだから。
でも、それは僕だって一緒なんだぞ。
「仕方ないだろ。この町の状況を考えたら、そんなこと無理なのわかってるだろ」
「わかってるわよ。だから言ったの。こんな状況じゃそれぐらいの冗談、言わせてよ」
小刻みに首を傾げ、おどけながらフォークをクルクルと回した。
「髪の毛、気持ち悪い」
リナと違い、エリカは本気で文句をこぼしていた。
「晩ご飯が食べられるだけマシだろ」
「まぁね」
渋々なのか、ようやく苛立ちを鎮めてくれた。
キエバに着き、時間は流れていた。
いや、動いていると気づけば陽が落ちた、と表現するのが正しいのかもしれない。
生意気なチノに指示されたのは、怪我人の治療。
連れて来られた場所には、治療を待つ者が多くおり、その治療にあたっていた。
とはいえ、僕らは医者じゃないので、荷物を運んだり、軽症の人らの様子を看ていただけだけど。
それでもかなりの疲労は溜まっていた。
だから、ゆっくり休みたいのだけれど、もちろん、宿屋という貴重な施設は残っておらず、ゆっくりと休めず、エリカは憤慨していたのである。
まったくワガママな奴だ。
生き残った住民の計らいもあり、炊き出しがあり、街の一角で食べているときである。
やっと体を休ませることができ、温かいスープのおかげで疲れが和らいでいた。
しかし、エリカとリナに集中砲火を浴びてしまっていた。
まったくこれだと休めそうにない……。
「ーーで、あんたはどうしてここにいるんだよ?」
ここは矛先を変えないと、と僕らのそばで同じく炊き出しを食べていたチノに話を振った。
僕らの向かいで、無愛想に食べていたチノは、声をかけられ顔を上げた。
別に責めてなんていないのに、怒りをぶつけられ、げんなりとしていると、チノは鼻を鳴らして顔を背けた。
ったく、気にならないってか……。
「薬を売るために、こっちの方に来ていたんだよ。そうしたらこんなことになっていて。それで走り回っていたら、能天気な顔をした連中がやって来たから、腹が立っただけだよ」
「能天気って、だから私らって年上だって言ってるでしょ。ちょっとはしゃべり方を考えなって言ってるじゃん」
素っ気ない態度のチノにリナは怒り、フォークを突き立てて注意するけれど、チノは気にせず料理を口に運んだ。
「はい、はい。また無視ね。もういいわ」
まったく僕らと顔を合わそうとしないチノに諦め、スープを口に運んだ。
話を振るのはどうも失敗だったってことか。
また重苦しい空気が漂いそうななか、チノが手を止める。
「薬を待っている人がいるんだよ」
それまで刺を蒔いているほどに鋭かった声を、急に穏やかにしたチノの声が静かに響いた。
急激な態度の変化に怪訝となり、口にフォークをくわえた状態で僕らは止まり、顔を見合わせた。
しばらく動きが止まった後、揃えたみたいにチノへ視線を移した。
するとチノはうつむき、手にした器を眺めていた。
「別に金儲けなんかじゃない。本当に俺らの薬を必要としてる人は多いんだ。だから、それを必要としてる人に渡すために、俺は旅しているだけだ」
僕らの視線に気づいたのか、チノはゆっくりと口を開いた。
「だから、お前らには感謝している。お前らがあそこであのことをしてくれなかったら、ここに来ることはなかったから。それまでは本当に泉が枯渇して花が咲くことがかなり減っていたからな」
……ん?
聞き間違いだったのか?
途方もない方角を眺めてしまい、彷徨った後にエリカと目が合うと、興味なさげに首を傾げた。
意見を求めてリナに移すと、僕と同じように戸惑いながらメガネのツルを触っていた。
しばらく顔を見合わせていた後、屈託ない笑顔を浮かべた。
「へぇ。ようやく素直になったみたいじゃん」
その笑顔をそのままチノに向けると、皮肉っぽく言う。
すると、照れ臭くなったのか、頬を赤らめて顔をまた背けた。
子供らしい姿には僕も笑ってしまう。
あれ、感謝された?
あ、でもそれは僕じゃなくて、エリカとリナにか。




